結婚式の会場に花嫁の男が乱入してきて、花嫁を連れて逃げる、なんてシチュエーションに憧れたことがある。でもそれを現実に行う、しかも親友の男相手に行うことになるなんて思ってもみなかった。
皆が見て見ぬフリをしていただけで、ツナはずっと昔からマフィアになんかなりたくないと言っていた。ツナは優しいから、結局断りきれなくて押し切られただけ。本当はマフィアになんかなりたくないと思っていることを俺は知っていた。ボンゴレ十代目の就任式の前日、ツナは憂いの浮いた笑顔で俺に告げた。ごめんね山本、山本はマフィアになんかなりたくないよね。
それはこっちの台詞だよ、マフィアになりたくないのはツナの方だろう。そう言うとツナは曖昧に笑った。マリッジブルーみたいなもんだよ、ちょっと不安になっただけ、ボスになっちゃえば何ともないよ。それに山本もいてくれるし。だから不安なんてない。
それでいいのかと問いたかった、でも問うたところで俺のことはいいんだ、なんて言うだろう。ツナはどこまでも優しい。
自称右腕はツナが正式にボンゴレ十代目に就任することを大層喜んだ。今やすっかり可愛いげのなくなった家庭教師は無理矢理にでもツナを十代目の椅子に座らせるつもりだ。ツナが本音を洩らせるのは今も昔もツナの近くで親友をやっている俺だけで、守護者のくせしてマフィアから遠い位置にいるのもまた俺だった。不甲斐ないと思った。俺一人の力じゃツナをどうこうできない。何もしてやれない。ツナは一緒にいてくれるだけでいいよなんて言ったけどそういうことじゃなくて、つまり、お前のいる世界そのものをひっくり返してしまえるような力が欲しいんだよ。
だから俺はツナを連れて屋敷を逃げ出した。就任式の直前だった。俺がその日ツナの部屋に向かうと、ツナはすっかり正装していて落ち着きのない様子だった。似合うかなぁなんてへにゃっと笑った。それを見たらどうにも胸が締め付けられて、思わずその手を取ってしまった。俺は昔からどうも勢いで行動してしまう癖がある。計画もクソもない突発的な逃避行。ツナがボンゴレって言うすげーマフィアのボスになる奴で、ここで俺がそんなツナを攫って逃げたらどんなことになるか、見つかったらどんなことになるかなんて考えもしなかった。うっすら頭を過ぎったけれど知らないフリをした。
いかにも高そうなスーツを着たツナの腕を引いて屋敷の廊下を走る、着古したスーツを身に纏った俺。結婚式の会場に乱入してきた男が花嫁を連れて逃げる、なんて、ドラマや映画で使い古されたシチュエーションに似ている。でもそれを現実に行う、しかも親友の男相手に行うことになるなんて思ってもみなかった。それに俺は花嫁の本当の恋人でも昔の恋人でもない。何かちっともロマンチックじゃない。現実ってみっともない。
ツナを助手席に押し込んで、自分も運転席に乗り込む。鍵穴にキーをねじ込んだ。こんなことしたら山本が大変なことになるよ、いいの、とツナは言った。そういうツナだって全然抵抗しなかったよな。そう返すとツナはそうだねと言ってあははと面白いことがあったときみたいに笑った。
大変なことってなんだろう。このまま逃げ果せるなんてことはないだろう。世界のどこへ行ったっていつかは見つかって連れ戻されて、俺は最悪お払い箱か。でもそれでもいいや、だってツナが助けてくれなかったら俺、あのとき死んでたんだぜ。その台詞はいつも魔法みたいにツナを黙らせる。だから意地の悪い俺はいざという時、好んでそれを引き合いに出した。ツナは優しいから何も言い返さない。命がけって重い。今まで野球一筋だった俺が誰かのためにこんなに命かけてるんだぜ。なんか愛みたいだ。
時計にちらりと視線をやると、本来なら就任式が始まるはずだった時間を過ぎていた。もうすぐ追っ手が来るだろう。だから、なぁ、それまでの間でいいから、俺とデートしてくれないか。そう言ったらツナはまた面白いことがあったときみたいにあははと笑った。
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