山本は海に帰りたいんだと思っていた。無抵抗で雨に打たれるその姿を見て、俺は勝手にそう思っていた。だから何も考えず無神経に言ってしまえたんだと思う。
「……帰ったら?」
 山本は少し悲しそうな顔をしていたんだけど、あえて気付かないふりをした。俺はまだ信じきれていなかったし、多分考えたくなかったんだ。“どうして山本は人間になったんだろう"。

 明日の夜は雪が降るんだって。山本が呟いた。
「だから明日でお別れ」
 山本は無理な笑顔を作ってそう言った。なんだかやっぱり真実味も現実味もなくて、山本の意図するところが分からなくて戸惑った。
「ツナも、今日はもう帰ったら」
 風邪引くぜ、なんて、風邪引きそうな人に言われたくないよ。だから俺は帰ろうとしなかった。
「……山本と一緒にいる」
 山本は人魚なんかじゃない人間だ。六月に転校してきた俺の友達だ。水泳が得意で傘を持ってなくて雨が好きなだけの人間なんだ。
 俺は持っていた傘を閉じた。耳にうるさかった雨音がなくなって、冷たい雨が直接俺の身体に降り注ぐ。肌に貼り付く髪の毛や服が気持ち悪い。髪の毛が水を吸って、頭の芯から冷えていくのを感じた。
 山本は俺の行動に困った顔をした。俺は気付いたけれど無視をした。山本が、やめてくれって視線で訴えてくるのを知らないふりをした。夜の公園で、ベンチに並んで座って黙って雨に打たれている男二人。端から見たらどんなにか異様な風景だろう。
 観念したように立ち上がって、山本は俺の手を引いた。雨の当たらない遊具の下に移動する。散々雨に打たれた後だ、今更そんなことをしたところで、単なる気休めでしかなかった。水を吸って重くなった服やら靴やらが異常に重くて冷たくて気持ち悪い。重いのは水を吸った衣服だけじゃない、身体も重い。それに寒い。
 山本は濡れた手で俺の顔を拭った。ぬるりとした感触が肌を滑る。山本の手は冷たかった。冷たい指先で睫毛に溜まった水滴を落とされ、俺はゆるゆると目を開けた。山本は困った顔をしていた。俺は今しがたされたのと同じように、濡れた手で山本の顔を拭ってやる。単なる気休めと知りながら丁寧に拭う。山本が眉尻を下げたまま笑った。俺はどうしたらいいか分からない。
 暫くして今度は急激に寒くなってきた。濡れた衣服を身にまとっていたら当たり前だ。ガチガチと震えだした俺に気付いた山本は、突然抱き着いてきた。ぎゅうぎゅうと締め付けられる。俺は抵抗する気力もなくて、されるがままになっていた。山本の身体は思ったより温かかったので何だか安心して、安心したら今度は眠くなってきた。
「……ツナ」
 ごめん。確かに山本は俺の耳元でそう呟いたけれど、何がごめんなの、と訊ねるには瞼が重すぎた。やばい、もう無理かも。何か疲れちゃったよ。声を出そうとしたけれど出なくって、俺は山本の腕の中で夢の中にすとんと落ちた。





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