この感情が何なのか分からない。親友って思ってる。でも最近、ツナとの距離の計り方がよく分からない。ずっと親友でなんて居られんのかな?とか、時々柄にもなく不安になる。俺、何のために学校に来るかって言ったら、前は野球をするためだけだった。放課後になるのが待ち遠しかった。けど今じゃ野球と、それとツナに会うため。昼休みとか、このまま鐘が鳴んなきゃいいのにって思う。放課後の補習も、このまま問題解けなきゃいいのにとか。それから登校するときには、今日獄寺、花火の仕入れとかで学校休んでりゃいいのにとか思っちまう。獄寺が居ないときは少し嬉しくて、あいつが嫌いなわけじゃねーんだけど、休みならツナを独り占めできんのになぁなんて。ずっと俺と一緒にいて欲しい。ツナと付き合いたいとかじゃねーんだけど、多分ツナに彼女ができたら俺、その彼女に嫉妬すんだろうな。でもそんな風に思うのは多分変なことだからツナには言えねーんだ。しかも現実的じゃねーしな。ツナに彼女とかできなくて、一生俺とだけ仲良くしてくれんの。そんなのどう考えても現実的じゃねーよ。
最近、夕方になるとよく雨が降る。学校に来る昼頃は晴れていても、そのうちシャワーみたいに雨が降りだすんだ。
その日も、今にも泣き出しそうな空模様だった。夏休みの補習を終えた俺とツナは揃って校舎を出る。補習は(不名誉ながら)成績が良くない奴だけが受けなきゃいけないもので、勿論そこに獄寺は含まれていなかった。ラッキー。補習は嫌だけどツナが一緒だからまぁいっか、と思える。ホラ、俺ってば単純馬鹿だからさ。
「帰るまで降らなきゃいいね」
空を仰いでツナは言ったけど、俺はむしろ降って欲しいと思ってた。そしたら雨宿りとか言って、ちょっとでも長くツナと一緒に居れねーかな、なんて。
校門をくぐって10分後、俺の願いが通じたのか、ぽつりぽつりと水滴が落ちてきた。すこし足を速めたけど、雨はすぐ本降りになった。慌てて目についた、シャッターの下りている店の軒下に避難する。ほんの少しの間にかなり濡れてしまった。俺は自分の髪の毛を手で払って水滴を落とす。隣に視線を落とすと、ツナのあれだけ跳ねていた髪の毛は今じゃぺたんと萎れていた。濡れたせいで色濃くなったシャンプーの柔らかい香りが酷く鼻をつく。ツナの匂いだ。
「濡れちゃったね」
俺を見上げてツナは苦笑した。頬を雨が伝う。手で拭ってやると、ツナはありがと、と笑う。今日はバケツを引っくり返したような土砂降りだ。すぐ上がればいい。隣からシャンプーの匂いがする。
うるさい雨の音しか聞こえなかった。辺りには歩行者もいない。時折、ワイパーをガンガン稼働させた車が通りすぎるだけ。何だかツナと二人きりで世界に取り残されてしまったような気がした。雨の音しか聞こえない。
「山本」
突然ツナが俺の手をぎゅっと握ってきた。びっくりした。いきなり触られてちょっとドキっとした。
「手、冷たいよ、大丈夫?」
ツナは心配そうに訊いてくる。全然大丈夫、つーか触られた先から熱くなっていきそうだ。
「あ……あぁ、大丈夫」
俺が答えると、ツナは俺の手を離した。ツナの手って柔らけーんだな、何か恥ずかしくなった。女の子のとかじゃねーのに。変な感情がぐるぐるしてる。
なぁツナ俺さ、お前が獄寺と二人でいるときでさえ嫉妬してんだぜ、おかしいよな。俺って変だよな。いつかツナも俺から離れてどっか行っちまうのかな。せっかく二人きりなのに、頭ん中ぐるんぐるんで何も喋れねーよ。勿体ねーな。そういや補習も明日で終わりだっけ。
「……明日で終わりだね」
俺が考えてたのと同じことをツナが呟いた。別に一生会えなくなるわけじゃねーのに、夏休みの間は学校じゃ会えねーんだなって思ったら何か寂しい。夏休みが終わって登校してきたとき、ツナは今と同じように俺と仲良くしてくれっかな。地面に激しく打ち付ける雨を眺めながら考えた。
「……山本んち、遊びにいくから」
ツナは足元に視線を落としたまま言う。俺はその横顔を見つめたまま何も言えなかった。
「いいよね?」
こっちを向いて確かめるように言ったツナは、何でかちょっと悲しそうに見えた。
「……あんまそっち行くと濡れるぜ」
そんなつもりなかったはずなのに何故か、そうしなきゃって思った。見えすいた嘘が口から滑り落ちて、気づいたらツナの肩を抱き寄せていた。シャンプーの香りが鼻をくすぐる。抱き寄せたツナの身体の熱が伝わってきて、妙に心臓が騒いだ。
「……山本……?」
雨音にかき消されそうな小さな声。俺は我に返った。ツナの肩がちょっと強張ってることに気付いて怖くなって手を離した、変だよな、男二人でひっついて、人通りがなくて良かった。
「……先帰るわ」
俺は雨の降り注ぐ歩道に飛び出して、ツナの方は顧みずに、ひたすら走った。どうかしてる、俺、今、何であんな、変だ。今日の俺は何かおかしい。あっという間にずぶ濡れになって、シャツが肌に貼り付いて気持ち悪い。
いつもツナと別れる、住宅街の十字路まで走ってきた。立ち止まって膝に手をついて、息を整える。あー……どうしよう。気まずい。項垂れた首の後ろに容赦なく降り注ぐ雨は生温くて気持ち悪い。……とりあえず帰ろう。帰ってから考えればいい。俺は顔をあげようとした……と、
制服の背中をくんと引っ張られた。
驚いて振り返ると、ツナが立っていた。心臓がぎゅっと痛んだ。ツナは難しい顔をして俺のシャツを掴んだまま離さない。走って追っかけてきたのか。ツナもずぶ濡れだ。俺が悪いんじゃねーよ、だってツナがそんな顔するから、俺はそんなつもりじゃなかったのに、ツナが。
俺は思わずツナの腕を引っ張って抱き締めた。そんなつもりなかったのに。そんなんじゃなかったのに、そうしなきゃって何か思って、人通りがなくて良かった。ツナの顎に指をかけて、微かに震えている唇にキスをした。青臭い雨の味がした。
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