「何で俺を助けたの?」

 その台詞は俺を責めているようにも思えた。窓の外からはカキンという軽快な音と、賑やかな生徒たちの声が聞こえる。恐る恐る顔をあげると、俺の顔を食い入るように見つめる山本がいて怖くなった。あの日と同じ表情で、俺の答えを待っている。
 けれど俺は相変わらず、山本が自分にどんな回答を期待しているのか分からなかった。一度目は頑張れと適当なことを言った。二度目は正直に突き放した。一度突き放したのにどうしてまだ俺に拘るんだ、構わないでよ、どうせ俺は君のことなんか分からないんだから。かと言って適当に誤魔化せる雰囲気でもない。山本の見透かすような視線は俺にその答えを強要しているようで、窮屈だった。

「……俺は」

 クラスメートだから助けたんだよ当たり前じゃないか!……なんて言えなかった。

「山本が俺のせいで死んだら嫌だなって思っただけだよ」

 俺は正直に答えた。山本が怪我をしたのは俺の無責任な言葉に従ったからだ。あのまま山本に死なれてたら、きっと俺は罪悪感に苛まれていただろう。山本が死んだのは自分のせいだ、って。俺はそれが嫌だっただけだ。しかも目の前で死なれたらそれこそ、余計に助けないわけにはいかないじゃないか。自分一人を救いたかったのが、たまたま山本まで助ける結果になっただけ。困ってる人に手を差し伸べるような良心が全くないわけじゃないけど、山本だけが特別であの結果になったわけじゃない。
 山本に俺の気持ちなんか分からないだろう。活躍目覚ましいなんて、いつもダメツナって呼ばれてた俺の気持ちなんか、いつもチヤホヤされてるお前になんか分からないんだ。一人でだって何でも出来るお前と何も出来ない俺は違うんだ。沸々と怒りが込み上げてくる。山本は微動だにしない。視線を掴まれた手首に落とした。振り払って逃げたかったけれど、山本は放してくれそうもない。



「……ツナさぁ、正直に言えるんじゃん」

 聞こえてきたのは思った以上に明るい声色だった。しかし顔をあげると、先程と同じ責めるような瞳があって、俺は慌てて視線を反らした。

「……俺はさ、別に答えなんて何でも良かったんだ」
 ただ誰かに何か言って欲しかった、理由が欲しかっただけなんだ。
「だから、俺の怪我はツナのせいじゃねーから」
 山本は静かにそう言った。

「マジで俺、ツナのことすげー奴だって思ってんのな……だからあの時、本音を話してくれて良かったと思ってんだぜ」

 あの時――山本に本当のことを打ち明けて、逃げ出したあの時。
 掴まれたままの手首が熱かった。今の方がよっぽど逃げ出してしまいたい。

「だ……だから俺は山本のことなんか、」
「違うだろ」

 はっきりとした口調で、俺の言葉は遮られた。

「俺はツナの本音が聞きたかったんだ。当たり障りのない励ましなら他の奴らにだって貰える。努力ってのは違うんだろ?」

 さながらヒーローのような山本が初めて口にした本音。何事も誤魔化し続けていた俺が初めて口にした本音。どういうわけかあの時、付き合いが浅いくせに俺たちは、お互い本音でぶつかりあっていたみたいだった。

「ツナは俺の一番欲しいもんをくれる」

 俺は少し怖くなる。山本がまとう雰囲気は、相談をうけたあの時の、屋上で見たあの時のものだ。俺はどうやらこの射抜くような視線が苦手らしい。本音を強要されているような視線にも思えた。

「俺と友達になってくれよ」

 山本は俺の目を見てはっきりそう言った。



 ……友達?

 思いがけない申し出に、俺は唖然としてしまった。動かない俺に、山本が先程と打って変わって、不安そうな表情をする。

「……俺はやっぱり山本が分からないよ」

 相当困り果てて呟いた。

「それでいいんだよ、だってそれも本音だろ?」

 正直に何でも話せんのが友達じゃねーのかな、ツナは正直に言ってくれるから好きだぜ。山本は平気な顔をしてそんなことを言う。言われた俺は何がなんだか分からない。さっきまでのあのやり取りは何だったのだろう?山本のさっきまでの雰囲気、あれは俺を恨んでいるようでもあったのに。

「……友達って自然になるもんじゃないの?」

 俺は半ば呆れて呟いた。結局山本に振り回されっぱなしな気がする。きっと気のせいじゃなく。

「え、駄目、か?」

 俺はその時、山本が傷ついた表情をしてしゅんとなるのを見てしまった。
 確かに俺は山本のことを特別どうとは思っていないけれど、かといって決して嫌いなわけではなく、むしろクラスの人気者としてなら憧れていたわけで、それは、その。

「う……うん、分かった!と……友達に、なろう……!」

 その時の、顔から火を噴くほどの恥ずかしさを俺は一生忘れないだろう。
 山本の表情は一瞬にして晴れ、掴んでいた手首を握手に変えて元気に上下に振り回した。喜怒哀楽の両極端を振り幅すさまじく揺れ動く山本の様子に、俺はこれからも振り回されるのだろうなぁと思った。



 やがて山本は俺の手を離して、背後の窓枠を軽々と越えてベランダへと降りた。俺はまた何かするつもりなのかと少し身構える。けれどそうではなく、山本はさっき背後に放ったプリントを拾い上げたのだった。パタパタと制服の裾で軽く埃を払って、俺に差し出す。

「ごめんな」

 逆光の中でも伺い知れた、山本の困った顔。その一言と表情に全てが詰まっていることを悟った俺は、むしろ清々しい気持ちでそれを受け取った。謝罪に対して俺から言うべきことなんか何もなくて、それよりも。

「……よろしくね」

 山本は少し驚いたような表情をしたけれど、すぐに笑顔になって「おう」と答えてくれた。



end




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