「……やばい」
 そんな言葉が思わず口をついて出た。これは大失態だ。何となく弄っていた携帯の表示が早朝四時を指していたことまでは覚えている。携帯を手にしたまま、いつの間にか意識を手放していた。遠足前夜の小学生か俺は。思わず心の中でツッコミを入れた。慌ててベッドから飛び起き、洗面台で顔をおざなりに洗う。タオルで顔を拭きながら鏡を覗き込む……うん、問題なし。多分。だがしかし、全くこれは大失態だ。今まではどんな女の子とのデート前夜だってこんな状態になったことはなかったのに。なんか余裕ねーなぁ俺。苦笑する。しかもクローゼットの中をひっくり返していて気が付いた……着ていく服がない。そういやここ一週間くらい洗濯してねーや。馬鹿か俺は。辺りを見回して、ふとコートと一緒にかけてあったスーツが目についた……いやいや、スーツって。 デートにスーツって。相手が女の子だったら絶対に嫌われるチョイス。……時計をちらりと見る。待ち合わせの時間の二時まではあと15分。駅まで走って7分。こりゃもうクローゼットほじくり返してる暇なんてねーな。俺は腹をくくった。急いでスーツを羽織って財布を持って、金入ってたっけ? ああもういいか! そのまま俺は部屋を飛び出した。

「……何でスーツなの?」
 開口一番、やっぱりツッコまれた。
「いや、あの……、わりぃ、ツナ」
 全速力で走ってきたのに、待ち合わせていた駅には既にツナの姿があった。俺はただ頭を下げる。
「女の子だったら絶対幻滅されるよ?」
 俺もそれ思いました、ごめんなさい。そう言うとツナは苦笑した。
「しょうがないなぁ、もう」
 自分の目線より上にある俺のスーツに手を伸ばし、その襟元を正す。
「どうせどこ行くか決めてないんでしょ?」
 ズバリ言われると不甲斐ないけど、はい、その通りです。
「じゃあ行こ」
「え、どこに、」
「山本の服」
 そのままじゃ山本、ホストみたい。ツナは苦笑した。確かにネクタイは締めてないし、元々適当に着てきた上に走ってきたことも相まって、俺のスーツは大分着崩されている。
「これじゃ同伴だね」
 ツナはふわりと笑った。やべぇ可愛い。そりゃー遠足前夜の小学生にもなるって。だって超可愛いもん。そう思うと余計に自分が惨めに思えてくる。同伴って俺がホストでツナが客ってことじゃん、そんなのダメだ。俺がツナに尽くすべきなんだから。
「次は、」
 俺の言葉に、隣を歩いていたツナが顔をあげて俺を見た。
「……ちゃんとするから」
 ツナは一瞬きょとんとした顔をして、それからまた笑ってくれた。
「楽しみにしてる」
 楽しみにしてるって。楽しみだって。やべー超頑張るって。ああ何でこんなに好きなんだろう。よく分かんないけどツナのことすげー好きみたい、俺。ツナが同伴してくれんならホストでもいいかな、と思った。実際は俺がツナに尽くすんだけど。








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