俺のバックバージンは誰かによって守られた。まだ少しぼんやりしながら自分の部屋に引き返すと、中ではドアの外からでも五月蝿いくらいの爆音で音楽が鳴っていた。どうせノックしてもこれじゃ気付かないだろうと思い、俺はそのままドアを開ける。
同居人が暴れ狂っていた。
「あ、沢田ちゃん、おかえり!」
同居人は俺の姿を確認するなり飛び上がってそう言った。俺は黙ってオーディオの電源を落とす。
「どこ行ってたの沢田ちゃん」
俺を名字にちゃん付けで呼ぶのは、同室の同級生・内藤ロンシャンだけである。テンションは常に高めで時々ウザいけれど、基本的には人畜無害。特にロンシャンは常に学外に彼女がいて(その点に言及すれば、その彼女が五日おきに変わるという問題点があるのだけれど)ケツの穴を狙われる危険性がないだけ、俺にとってはオアシスのような奴だった。
「うん、まぁ、ちょっと」
「あ、もしかしてまた?」
ロンシャンは俺がよく標的にされていることを知っている。沢田ちゃんモテるんだからーもーと言いながらあはあはと笑った。こっちは笑い事じゃない。ウンザリしながら自分のベッドに腰を下ろす。さっき放られたタオルを、持ってきたは良いもののさてどうしたものかと、手にしたまま迷う。
「あれ、なぁに、それ」
先程の出来事を簡潔に(指を突っ込まれたことは割愛して)話すと、ロンシャンはヘェと声を漏らした。
「貰ったってこと?」
「え、でも、返さなきゃ」
そう、まだお礼も言ってない。どこの誰かも分からないけれど。一度は畳んだそれを広げてみる。裏返したり上下逆さまにしてみたりしたけれど、名前や手がかりになりそうな情報は得られなかった。
「でもさ、あっちまでタオル持ってくのって運動部だけじゃない?」
寮と学校は同じ敷地内にあるけれど少し距離がある上に、塀があるため完全に別な空間となっている。だから寮にある日用品を学校に持ち込むことはほとんどなく、あるとすればロンシャンの言う通り、運動部のタオルだったり着替え位だ。
「持ち主探し俺も手伝うよ、沢田ちゃん」
ってゆーかピンチの時は俺を呼べばいいのに。ロンシャンは唇を尖らせたけれど、俺は知っている。
「ロンシャン、電話しても基本出ないじゃん……」
部屋に一人でいるときは大抵、さっきのように爆音で音楽を流しながら暴れ狂っているので、電話しても気付かないのだ。あっそうかぁとロンシャンは、またあはあはと笑った。
人畜無害の同居人、俺にとってのオアシスは常に沸き立っている。
沸き立つオアシス内藤ロンシャンは、持ち前の明るさとテンションで誰とでも仲良くできるので、交遊関係が広い。翌日には誰から聞いてきたのか、昨日その時間に部活終わったの野球部だってーと報告してきた。
そこで俺は早速、野球部の練習が終わるのを見計らってグラウンドの方へ向かった。手にはあのスポーツタオルを握り締めて。もしこのタオルの持ち主がいたら、何かしら反応をしてくれると思ったからだ。でも到着してから少し後悔した。あの人、俺が顔を見られるの嫌だろうって気を使ってタオル投げてくれたんだよな、こうやって会いに行くのって本末転倒だよな。ロンシャンも一緒に来てくれればよかったのに、今日は彼女とデートらしい。ああくそ、だから言ったじゃないか、どうせ呼んでも来てくれないのだロンシャンは。
そして俺は、ここに一人で来てしまったことを後悔することになる。
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