「おいこらツナ、起きろ、寝るな、寝たら死ぬぞ」
雪山で遭難した人みたいなセリフを言いながら、山本が俺の肩をゆさゆさ揺さぶった。お陰で、俺は微睡みから引き戻される。もう少しで本当に落ちるとこだった、危なかった。何とかペンを握る。
今日の午後一時がレポートの締め切りだ。一年間の単位がかかった大事なレポート。ここで落とすわけにはいかない、ちゃんと四年間で卒業したいし、うん。
中学時代から補習組だった俺たちは大学生になっても相変わらずで、課題を授業中にやるなんてのはザラで、テストで点が取れなくて先生に頭を下げに行ったこともある。
時計を見やる。早朝四時。
山本は本を何冊も広げてうんうん唸っていた。俺は読んだって分からない本なんかとっくに放り投げた。代わりにノートパソコンを広げて検索。丸写しするわけにもいかないので、色んなサイトから使えそうな情報を少しずつ引っ張ってくる。お互いの途中まで書いたレポートも参考にしながら、そんなこんなで繋ぎあわせ、時々深夜番組を見たりマインスイーパーとかやったりして、今に至る。
「おぉっ、あと一枚」
――しまった、またうとうとしていた。山本の独り言で気が付く。眠気を取ろうとして、ふるふると首を緩く振った俺を見て、山本はちょっと笑った。
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃない」
「寝る?」
「寝ない」
寝る?なんて訊かれたら意地でも起きていたくなる俺。だって山本あと一枚なんでしょ。俺あと三枚。うん、死ぬかも。瞼、重い。霧がかかってるみたいな思考。
「もう俺の写しちゃえば、ツナ」
うん、そーする。返事をしながら、俺は必死にテーブルに食らい付いて文字を書こうとするものの、ペン先から紡ぎ出されたそれは明らかに文字ではなかった。どう見てもミミズ。
「やっぱ寝る」
そう言って、俺はベッドに這い上がった。でも今寝たら確実に、仮眠じゃ済まない。マジ寝になる。でも眠い。ベッドに来たの失敗だったかも。こいつは異常なくらい眠りを誘う。
「今死んだら別な意味でも死ぬぜ」
山本も同じことを思っていたらしい。今寝たら確実にレポートは間に合わない。俺ピンチ。でも眠い。
「山本、任せた」
俺は早々と戦線離脱することに決めた。12時までに起きられればそれでいい。山本のレポートを30分で写して提出しにいく。何かもうそれでいいじゃん。俺は睡魔に服従することにした。
「任された」
山本は苦笑した。持ちつ持たれつ、持つべきものは親友だ、ってね。俺は自動的に落ちてくる瞼を受け入れた。山本が、んー、と声をあげた。背伸びをしたようだ。
「さて、天国はもうすぐそこだ」
その言葉を白濁した意識で聞きながら、俺は一足先に天国へと落ちていった。
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