「お前を殺しに来た」
 俺は悪魔だ。
 固い冷たい銃口を俺の眉間にごりりと押し付けながら真夜中、クローゼットの中から颯爽と現れた少年は言った。
「はぁ、そうですか」
 俺が何ともなしにそう言うと、少年はいかにも不愉快そうな顔をした。
「何だ、そのつまらないリアクションは」
 もっと驚くとか怯えるとかしたらどうだ。言いながら少年はぐりぐりと銃口を押し付けてくる。痛い。
「はぁ、じゃあ、あの、ありがとうございます」
 俺はぺこりと頭を下げようとした(押し付けられた銃口が邪魔で叶わなかったが)
「あ、てめぇ」
 驚いたのは少年の方だった。
「言いやがった」
「え、何を」
 このままではお先真っ暗(つまり、ニートまっしぐら)な俺にとって、将来を考えなくていいとなれば、それは願ったり叶ったりなのである。
「いいか、悪魔には掟がある。殺す前に人間にある二つの言葉を言わせなきゃならねぇ。“ありがとう”と“死にたくない”だ」
「あ、俺、痛いの嫌だから死にたくないです」
 おい、てめぇ。ワントーン低い声でそう言いながら、少年は引き金に指をかける。わ、怒った。
「死にたくないの裏側には、生きたいって意思がなけりゃ駄目なんだ」
 お前、別に生きてぇわけじゃねぇだろうが。
 全くその通りです。俺は大きく頷く。その拍子に銃口がずれた。
「……何で“ありがとう”と“死にたくない”なんですか」
 銃口から解放された眉間を触ってみる。丸く跡がついていた。
「“死にたくない”と思っている人が、自分を殺しに来た相手に“ありがとう”と感謝をするのは矛盾してる」
 少年は、ふん、と鼻を鳴らした。
「生きてぇと思っている奴に、いかに死にてぇと思わせるかってことだ」
 成る程、それが悪魔の仕事って訳か。
「でもどうせ殺すんなら、そんな条件つけないでさっさと殺しちゃった方が手っ取り早くないですか」
 俺の疑問に少年は平然と答える。
「条件付きの方が面白いだろう」
 死にたくないと足掻いていた連中が終いには、自分を殺しに来てくれてありがとう、なんて言うようになるんだぞ。
「変わっていく過程を観察するのがいいんだ」
 少年はにやりと笑う。
「はぁ、それは、悪趣味ですね」
「そうだ」
 言いながら少年は再び俺の額に銃口を押し付けた。
「だからお前、少し生きてぇと思ってみろ」








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