ぴたりとついてくる足音に、俺は心底ウンザリしていた。いつもいつもついてくる。そして足音の主は、決して俺を追い抜いたりはしない。数メートルの距離を置いて、けれど確かに、ついてくる。俺は歩きながら深い溜め息を吐いた。

「どうしたの?」
 それに気付いたのか、足音の主の明るい声が飛んできた。

「……どうしたの、じゃないよ……」
 俺は立ち止まった。足音の主も立ち止まる。振り向いた。やっぱりいた。というか、こいつしかいない。

「だから、何でついてくるんだよ、白蘭」

 さっきから俺の後をついてきている彼は、名前を白蘭という。髪の毛同様、白い色をしたコートのポケットに手を突っ込んで、彼はニコニコしている。楽しそうだ。こいつが何を考えているのか全く分からないから困る。
「何でって、ストーカーしてるんだよ」
「思いっきりバレてるのをストーカーとは言わない」
 あ、そっかぁ。白蘭は初めて気が付いたというように笑って、白い革靴の踵を鳴らす。楽しそうだ。

「ツナちゃん、愛してるよ」

 白蘭はニコリと笑う。顔が整っているせいで無機質な笑顔。ぞわりと背中が総毛立つ。なんだ、愛してるって。
 振り払うように回れ右をして、俺はまた歩き出した。つれないなぁツナちゃんは。やっぱりついてくる足音が拗ねたような声を出した。ツナちゃんは止めろ、ツナちゃんは。背中に変な汗をかくのを感じながら、俺は無心に歩き続けた。

 交差点で信号に捕まる。足音も立ち止まる。白蘭は必ず俺の背後、一メートルほど後ろにいて、決してその距離を縮めたりしない。
「苛々は身体に毒だよ」
 何にも考えてなさそうな明るい声。遂にカチンときた。
「……誰のせいだと思ってるんだよ」
 前を向いたまま呟いた。声が震える。
「――迷惑なんだよ、」
 言葉が詰まって、そこから先は出てこなかった。数秒の空白の後、口を開いたのは白蘭だった。

「それじゃあ仕方ないね」
 白蘭はいつもと変わらないトーンでさらりとそう言った。背後で衣擦れの音がして、一人分の足音が遠ざかっていくのが背中越しに聞こえた。
 信号が青になる。俺は歩き出した。足音は一人分だった。

 彼の足音は、俺の足音と時折シンクロしたり時々バラバラになったりしながらついてきていた。けれどその足音も、今はもう俺のぶんだけ。ペラペラな足音を聞きながら、彼が居たときの賑やかな足音を思い出して変な気持ちになった。


 ――……足りない。ストーカーが消えてすっきりしたなずなのに、俺はなぜか焦っていた。
 もう一週間も白蘭は姿を見せていない。俺が家から出て暫くすると、知らぬ間に俺の足音にそっと寄り添ってきていた、革靴の固い足音。そろそろ思い出せなくなりそうな気がしていた。居たら居たで鬱陶しかったはずなのに、居なかったら居なかったで心配になるなんて、変な話だ。
 まさか本当に戻ってこないつもりなのだろうか。考えてみれば白蘭はただ俺の背後をついて回って時々からかってくるだけで、俺の周囲一メートル以内には入ってこようとしなかったし、それで満足しているようにも思えた。ストーカーと言っても金魚のフンみたいについてくるだけで危害を加えてくるわけじゃないし――たまにムカつくこと言うけど――……本当はそんなに嫌じゃなかったんだ、なんて、居なくなってからそんなこと思ったって。

「呼んだ?」

 聞き覚えのある声が背後から飛んできて、俺は振り向いた。
 そこにあったのは、相変わらずの読めない笑顔だった。白い髪。白いコート。白い靴。踵が鳴る。固い足音。

「お前っ、」
 驚くより先に怒りを感じた。俺は無遠慮に、ずかずかと白蘭に近寄る。
「ツナちゃんの周り半径一メートルは聖域なのに」
 あーあ、とでも言いたげな顔をして白蘭は呟いた。
「約束、ツナちゃんが破っちゃったね」
 そしてまた楽しそうに笑う。
「聖域ってなんだ、約束ってなんだ、お前が全部勝手に決めて勝手に俺を巻き込んでるんだろう、いい加減迷惑なんだ、何度もいうけど、」
「ツナちゃんは、」
 突然、白蘭は俺の言葉を遮って、
「可愛いね」
 ニコリと笑った。その嫌に整った笑顔を見たら、やっぱり背中がぞわりと総毛立った。やっぱり何を考えているか分からない。

 俺は踵を返した。何を言おうとしたか忘れちゃったよ、もういいよ、もう。俺はずかずかと歩き出した。すると、固い足音が少し遅れてついてきた。時折シンクロしたり時々ズレたりしながら。久しぶりの感覚に自然と頬が綻びそうになったけれど、必死にくい止めた。
「俺はツナちゃんが嫌がることはしないの」
 白蘭は上機嫌な笑顔を浮かべているんだろう、振り向かなくても分かる。
 固い足音が一瞬慌ただしくなったと思ったら、くん、と腕が引っ張られた。想定外の事情に、俺は勢いで後ろにふらついた。ばふ。何かにぶつかった。白いコート。振り向く。

「ツナちゃん、愛してるよ」

 俺の顔のすぐ目の前、嫌味なくらい整った顔で白蘭はニコリと笑った。








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