ツナがどんな風に客を誘ってんのか俺は知らない。セックス中にどんな顔すんのか、どんな声をあげるのか知らない。俺はツナと付き合ってる、けど、セックスなんかしない。ツナが嫌がるから。
ツナが嫌がることはしないと決めていた。先に惚れたのは俺だから、惚れた弱みだと思ったし、俺はツナがそういうことをしていると知っていて、それでも構わないからと付き合い始めた。ツナにはツナの事情があって、多分それは誰にも触れられたくない部分なのだろうと思った。俺はツナが本当に大好きだったから、ツナが嫌がることは絶対にしたくなかった。だからツナに止めてくれとも言わなかった。
でもそれを知っていて耐えるのは想像以上に辛かった。汚いオッサンがツナの細い足を開いてツナの小さな体に覆い被さって肥大した欲望をツナに埋める、そのことを考えただけで気が狂いそうだった。ツナが出掛けていった夜は一人でいると気が狂いそうになる。俺はツナを抱き締めたことすらない。キスすらしたことないのに。それでも止めてくれとは言えなかった。そんなことを言おうものならツナは溜め息を吐いて目を伏せて俺にこう言うだろう。
だから言ったじゃないか。
俺の想像の中のツナは、女みたいじゃないけれど妙に色っぽくて、抱き締めてめちゃめちゃに可愛がってやりたくなる。でもふと気付く。
俺もツナを買うオッサン達と同じ目でツナを見てるんじゃないか?
途端に気持ち悪くなった。そんなんじゃないはずなのに、俺は。俺はツナが好きなのに。
「俺を抱きたい?」
自分が帰ってくる時間帯に珍しく起きていた俺を見て、帰って早々ツナはそんなことを言った。
抱きたいよ。でも抱かねー。お前が嫌がることはしないって決めたから。俺は言った。
「嫌じゃないよ、しよう、山本」
言うなりツナは俺に抱きついてきた。ツナの首筋から石鹸の匂いがして気持ちが悪くなる。
「ナマでしていいよ、妊娠とかしないから中に出してもいい、少し乱暴にしたって大丈夫だから、」
それ以上は耐えられなかった。俺はツナを突き飛ばした。上体だけ起こして前髪の奥からじとりと俺を睨むツナの瞳は、怒りとか憎しみとか悲しみとか憤りとかが沢山詰まってそうな深い色をしていた。
「……だから言ったじゃないか」
溜め息混じりに吐き捨てられて泣きたくなった。俺が悪い。分かってたはずなのに、やっぱり嫌だったんだ。そんなこと言ったら呆れられるだろう。
「……俺は最近、客とするとき無性に虚しくなるよ」
胸の辺りがスカスカして自分が空っぽの器になった気分だ。俺何やってんだろって虚しすぎて笑えてくるよ。余計なことを考えずに済むならそれでいいのに。
「それもこれもお前が俺のこと好きなんて言うから」
俺がお前にしてやれることなんかセックスぐらいしかない、だから別れた方がいいよ。お互い辛いだけだから。
「俺と別れて、山本」
ブチンと何かが切れた気がした。ツナを押し倒して、覆い被さって両肩を押さえつけた。ツナは驚いて抵抗した、何だよさっきはいいって言ったくせに。馬鹿だな。やっぱり嫌なんじゃねーか。
ツナを見下ろす。俺からすれば知らないオッサンのアングルで、ツナからすれば体を売るときのアングルだ。
「セックス、する?」
そう言うツナの手は少し震えていた。ツナに誘われて興奮するかと思ったのに押し倒してみれば案外そうでもなかったし、逆に萎えた。
ツナが嫌がることを無理強いすることは、やっぱり俺には出来なかった。無理矢理犯してツナに嫌われてしまえば少しは楽になれたのかもしれない。でも俺はツナが好きだ、傷付けたくない、誰よりも大事にしたいと思った。
「愛してる」
ツナを抱き締めた。愛してるなんて恥ずかしいことを言ったのはこれが初めてで、俺からツナを抱き締めたのもまた、初めてだった。
腕の中に閉じ込めておければ楽なのにな、どうしてこんなに愛してるのに、酷く虚しいんだろう。ツナを苦しめると知っていて、自分も辛いと分かっていて、どうして愛してしまったんだろう。
「……俺は山本となんか出会いたくなかった」
ツナは小さな声で呟いて、震える指先で俺のシャツの背中をぎゅうと握りしめた。
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