自分の身体に起こった違和感に気付いて、綱吉の意識は夢の中から引き戻された。重さで、誰かが自分の腹の上に跨がっているらしいと分かる。そいつは呼吸も荒く、綱吉の身体を確認するようにベタリベタリと触る。胸、腹、肩、腕、首。
頬を撫でる手のひらはぐっしょり濡れていて、妙にぬめってざらついた感触がした。拒絶したくて両腕で顔を隠す。
意地でも目は開けたくなかった。そこに何があるのか、誰がいるのかはもう分かっている。だからこそ、見たくなかった。目の前の光景を認めてしまえばお仕舞いだと思った。目を閉じたまま、絡み付いてくる腕を払い除けた。頬を包み込もうとする手をはね除ける。捕まれた腕を振りほどく。だだを捏ねる子供のようで情けなかった。
「何で泣いてんの」
声が降ってきた。目の奥が痛いことには気付いていたが、どうやら知らぬ間に泣いていたらしい。頬が濡れているのはさっき触られたからだと思っていた。
「……誰かに何か酷いことされたのか?」
声色が変わった。
首にかけられた手は酷く熱い。その感触には覚えがあった。豆だらけのゴツゴツした手のひらで綱吉に触れるその手の持ち主は多分野獣みたいなギラギラした目をしているのだろう。
「雲雀? 骸? それとも、」
相手の手に力が込められた。首の筋肉が圧迫される。
「……何でもない」
かさかさに乾燥した声しか出なかった。
「じゃあ何で泣いてんの、ツナ」
折角見立てたスーツもぐっしょり濡れているのだろう。不幸なことに、黒いスーツの背中は夜の闇によく融けるのだった。
「……山本が帰ってきてくれて、嬉しいから泣いてるんだよ」
本意ではないが真っ赤な嘘でもない。暗闇に融けた背中はそのまま二度と戻ってこないかもしれない、それは未だに綱吉にとって最大の恐怖であった。
「……そうか」
返答次第では今にも自分を絞め殺さんとしていた大きな手が、漸く離れていく。知らぬ間に息を詰めていたらしい、綱吉は酸素を求めて本能で大きく息を吸い込んだ。しかし途端に噎せるような悪臭が肺の奥まで流れ込んできて吐きそうになる。
その悪趣味な深夜徘徊を止めて欲しいと言えたならどんなにいいだろうと綱吉は思った。しかし彼にそうさせるきっかけを作ったのは紛れもなく自分だった。鈍色の刃を握ることは、元はといえば自分を守るためだったのだ。それを知っているから、せり上がってくる不快感を喉の奥に押し込めた。
「好きだぜ、ツナ」
擦り寄せられた頬は生暖かく滑って、悲鳴をあげたくなるのを唇を結んで堪えた。広い背中に必死でしがみつく。きっと最後に殺されるのは自分だ。彼の気持ちを裏切ったとき、その瞬間に、山本武は自分を殺す。そして彼はその瞬間を今か今かと待ちわびているのだ。
あの頃太陽の匂いがした腕は、今は鉄の臭いがする。
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