山本にだけは言えなかった。俺、マフィアになるから、守護者としてついてきてよ。なんて、どうしても言えなかった。俺なりによく考えたけど、無理だと思った。だって、友達だから。
 ただ一緒にいたいだけじゃなく、相手の幸せを願うことができることが、愛してるってことなんだ――っていうのは、よく恋人同士で使われる言葉だけど、それは親友にも当てはまると思う。俺は山本が幸せになることを願っている。好きな野球をして生きていってほしいと思う。第一、今まで一緒にいられたことが、親友になれたことが奇跡なんだ。俺にとって根本的に、山本はあまりにも遠すぎる存在だった。それは今も昔も変わっていない。
 俺がイタリアに行くことを決意した頃、山本は結構有名な高校球児になっていて、プロ球団からスカウトの話がきたという噂さえ立っていた。山本から直接話を聞いたことはないけれど、多分噂は本当なんだろうと思う。山本は野球選手になって、俺はイタリアでマフィアになる。それでいいと思った。

 ついてきてよ、ならまだしも、俺イタリアに行くんだ、とさえも言えなかった。どんな顔をされるのか、何て言われるのか怖くて、言えなかった。だから黙って日本を経った。連絡はしなかったし、連絡は来なかった。その事実に向き合ったとき、肩の荷が降りた。と同時に、胸の中が空っぽになった気がした。


 高校卒業と同時に日本を離れて、そろそろ一ヶ月が経つ。日本で言ったら大学入学のシーズンだろうか。
 この一ヶ月は忙しくて、日本のことを思い出す暇もないまま過ぎていった。こっちに来たばかりの頃は、言葉も文化も分からなくて、どこにいくにも獄寺くんについてきてもらわないと不安で仕方がなかった。(獄寺くんは喜んでついてきてくれるのだけれど、俺はとても申し訳なかった)
 やっとイタリアでの生活にも慣れてきて、一人で外出も出来るようになった頃。
 ――こういう時期が一番危ないのは、いつになってもどこででも同じだということに、俺は気付かされることになった。

 夕暮れ時で、陽が差し込まない建物の影は十分に薄暗かった。
 街を歩くときは注意しろと、リボーンに言われていたはずだった。ボンゴレ十代目がイタリアにきたという事実は、既にマフィア界に広く知れ渡っているらしい。最近よくテレビで、ビルやら何やらが派手に爆破されているというニュースも見かけるが、それもマフィア関係らしいのだ。
 十分注意しろよ、と、言われていたはずなのに。
 一瞬遅かった。あと一秒早く気付けば逃げられたかもしれないのに、一瞬遅かった。そこは建物の影になった薄暗い道。背後からゆっくり近づいてきた車から突然大勢の男たちが出てきて、一斉に俺に飛びかかってきた。
 考える暇もなかった。頭の中が白くなる。逃げられない。無理だ。咄嗟に目を瞑る。

 その一瞬、聞こえた声。

「――――!」

 理解する暇はなかった。けれど、確かに耳に飛び込んできた声。よく分からないけれど日本語なような、そして、覚えがあるような。
 鈍い音と短い悲鳴の後に、人が倒れる音がした。複数。
 なのに、あれ、俺は、平気だ。倒れてないし、どこも痛くない。恐る恐る目を開けてしばたいた。目の前数メートル。誰かいる。――え、あれ、これって、夢かな。
 目を開けても見える夢の中の山本は、約一ヶ月振りに見る笑顔で、一言。

「来ちゃった」


 これは夢だろうか、でもさっき襲われたところまでは現実で、足下に倒れている男たちも現実のものだとしたら、どこからどこまでが夢なんだろうか。
 ツナ、水くさい。夢のはずの山本はそう言いながら近寄ってきて、俺の頭をくしゃくしゃと撫でた。あれ、何で、夢のはずなのに。何でこんなリアルに感触が。
「――……は、なん、で」
「だから、来ちまった」
 俺も守護者じゃん、最近ニュースでイタリアのマフィアがどうこう言ってたからさ、この辺かなってきてみたら、ちょーどよかったなぁ。暢気にそう言ってへらりと笑う。馬鹿、山本が来ちゃったら、俺の意図してやったこと全部、意味がなくなるじゃないか。どんな夢だ。

「何で、っていうか――野球は」
 守護者として来たってことは、マフィアとして生きていく、ということ。野球を今まで通りにはできなくなることは、明白だった。
 何で、かぁー。山本は困ったように笑って、人差し指で頬を掻いた。
「……屋上ダイブのときに、本当なら俺は死んでたんだ」
 ――あの時から五年経つんだよな、と付け足して、続けた。
「だから本当は、俺、五年前に死んで、野球もそんとき出来なくなってたはずなんだ」
 真剣な表情になって、山本はさらに続ける。
「あん時から今日までの五年間、野球やってこれたのは、あん時ツナが俺を助けてくれたから。――だからさ、俺の五年間、お前にやるよ。五年間でいいから、側に置いて」

 その表情は、少し悲しそうにも見えた。でもそんな顔されたってダメだ。だって俺は山本をマフィアになんかしないって決めたんだ。俺の中の山本は野球選手。そう決まってるんだ。

「――帰れよ」
 俺は静かにそう言った。山本は真剣な表情を崩さない。
 しかし数秒後、息を吐いて苦笑した。

「――あのさ、イタリアって、すげー遠いのな」
 いきなり何の話をしだすんだ。すっかり陽が落ちてしまった空を仰いで、山本は言った。
「片道の飛行機代だけで、バイトで貯めた金全部使っちまった」
 そう言いながらも、全く残念そうじゃない。むしろ清々しい笑顔をこっちに向けて、言った。

「だからさ、居候さして、ツナんとこ」


 ――それ、わざとだろ。そう言ったら山本は元気よく、おう、と返事をした。
 あぁ、ダメだ、と思った。こうなったら山本はきかない。山本は強情だね、と言ったら、山本はお互い様だろ、と、また俺の頭をくしゃくしゃと撫でた。あ、やっぱり現実だ。
「俺はあのとき死んだんだ、ツナが助けてくれたから生きてるけど、本当はあのとき死んでたんだ。だから俺死ねるよ、今度はツナのために、もう一回」
 あれ、何かおかしーな、と、山本は笑った。
「俺、変?」
 続けてそう問われて、俺は首を横に振った。変なのは俺の方かもしんない。

「――山本が野球出来なくなったのに、悲しいはずなのにそれよりも、来てくれて嬉しいって思っちゃうんだ」
 その言葉を聞いて山本は、楽しそうに笑って言った。強情なとこもそうだけど、やっぱり俺たち似た者同士なのな。
「野球は好きだけど、それよりもツナがいないと、何か物足りないのな」

 うわ、俺、すごいツナ好きかも。そう言って山本は俺を抱き締める。
 相手の幸せを願うのは当たり前で、一緒に居られることが幸せなら、もう何も言うことはない。あ、愛してるって、こういうことなのかも。
「俺も山本のこと、好きだよ」
 俺にすがり付くその背中に腕を回したら山本は、ツナぁ、と情けない声を出して、あぁ、来てよかった、と呟いた。








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