客にとって、そのコンビニを利用する理由はそれぞれだ。しかし、家や職場から近いとか弁当の種類が豊富とかそこのコンビニでしか売られていない商品があるとか、主な理由はそんなところだろう。誰も店員など見てはいない。コンビニは少なくとも便利でありさえすればいいのだ。だから無愛想なコンビニ店員が増える。そんなこと今更誰も気に止めたりはしない。
 だがしかし剛はそれを善しとしなかった。何事にも決して手を抜かないのが彼流である。店長だからという理由だけではない、正真正銘の誠意で客と接した。
 当たり前の話だが、愛想はないよりはあったほうがいい。客は剛の接客態度を気に入り、次第に好んで利用するようになった。コンビニでは珍しい話だ。

 そしてそんな父親に育てられた武は自然と父の志を受け継いだ。何より愛想がいいのだ。そんなだから山本は客によくモテた。しかも武は、父親に似て明朗快活、高身長で目鼻立ちがキリっとしたイイ男である。しかしそれを鼻にかけるような気取った雰囲気は全くなく、むしろ人懐こい笑顔が他人を引き寄せる、そんな男であった。
 次第に武を目当てに若い女性客が通いつめるようになった。上記の基本ステータスを所持した25歳独身、彼女なし。群がるわけである。
 それは綱吉のクラスメイトとて例外ではなかった。
「あ、ツナ君じゃん、ここでバイトしてたんだ?」
 ある日、綱吉がレジを担当している最中にやってきたクラスメイトの女子は、普段学校ではあまり会話という会話をしたことがないのに、わざとらしく綱吉に話しかけてきた。
「何、知り合いか?」
 隣でレジを教えていた武が、綱吉に訊ねる。綱吉はただ頷いた。レジを打ちながら様子を伺うと、やはり彼女は武のほうをチラチラ横目で見て、明らかに意識している風であった。
 そんな武の隣にいると、何だか自分が情けなくて惨めだ。クラスメイトにすら男として見られない。この年頃の女の子は年上に憧れるモンだとかそういうのを抜きにしても、綱吉は引け目を感じていた。
 一度考え出したら止まらないタイプの綱吉は、彼女が去った後も頭の中は劣等感でいっぱいだった。すると自然と口数も少なくなる。綱吉の異変に気づいたのか否か、武が声をかける。
「沢田さ」
「え、あ、はいっ!」
 レジに立ちながら明後日の方向を向きぼんやりしていた綱吉は、しまったと思い武に向き直る。しかし武は彼特有の人懐こい笑顔を向けながら、こう切り出した。
「俺もツナって呼んでいい?」
 てっきり怒られると思っていた綱吉なので、この質問には拍子抜けしてしまった。
「さっきの子が呼んでたの、あだ名だろ?」
「そうですけど……」
「じゃあ、いいじゃん」
 何がじゃあだ、と思ったが、この爽やかな笑顔を向けられたらどうも全部肯定しなければいけないような気がするのだ、綱吉は自然と頷いた。
「よし、じゃ今からツナって呼ぶから」
 早速自分のあだ名を呼びながら頭を撫でてくる。自分の髪をくしゃくしゃとかき混ぜる大人の手の大きさを感じながら、この男がどうしてモテるのか、その理由を改めて思い知った綱吉であった。

 武勇伝は更に続く。武はモテル上に誠実である。声をかけてきた女性は、下は小学生から上はおばさんまで年齢層が幅広い。小学校低学年の女児二人がどちらが武の嫁になるか揉め出した時には、じゃあ大人になっても二人に恋人が出来なかったら俺が二人ともお嫁さんに貰ってやるよと夢のあることを言って誤魔化し、大人のお姉様方から言い寄られたときには俺みたいな若造はお姉さんには釣り合わないですよと謙遜し、女子高生にラブレターを渡されたときにはそのうち俺よりカッコいい彼氏が出来るから安心しろと笑顔を振り撒き、同年代の女性に誘われたときには今は仕事で手一杯なのでと尤もらしいことを言う。いい男の処世術だろうか、でも沢山の女の人を相手にするようなどうしようもない男よりは何倍もマシだ。いや、比べ物にならないくらいマシだ。こんなに多くの女性からの誘いを断り続けるのには何か理由があるのだろうか、恋人でもいるのかと訊ねると、そうではないと武は言った。
「断る理由がないからってのは、付き合う理由にはならねーじゃん」
 告白されたからって何となく付き合っても大変なだけだろ。武はそう言って笑った。贅沢だなぁと綱吉は思う。そんなのはモテる武だからこそ解ける理屈であって、女の子から恋愛対象としてマトモに見られたことのない綱吉からしてみれば、単なる選り好み……なんて卑屈になりかけたところを、綱吉は思い直した。武が、モテるくせに誠実であることは確かなのだ。何せちょっと世間様の視点からズレているところに目を瞑れば、非の打ち所がない男なのだから。

 実際のところ綱吉も、もし自分が女だったら真っ先に惚れてしまうだろう自信があった。レジ打ちが上手く出来るようになったとき、品出しを素早く出来たとき、綱吉が何か上手く仕事をやってのける度に、武はあの大きな暖かい手で綱吉の頭を撫でる。何か失敗したときも頭ごなしに怒るのではなく、一から教えてくれる。だから次第に嫉むとか妬むとか、そういう次元で比べるなんて、もってのほかであることに気づいてきたのだ。男の自分から見ても武はいい男であった。確かに友達も多いようで、レジにいるときに話しかけられることは男性からも多かった。
 なので綱吉は、純粋に人間として武のことを尊敬していた。武とは上がりの時間が同じなので、よく食事に連れて行って貰ったりもした。そこでは学校のことだったり趣味のことだったり家族のことだったり、主に仕事以外の話をした。自分より十も歳が離れているのに、こうして二人で話している間は対等に扱ってくれるので、歳の差で窮屈さを感じることはなく、むしろ気の合う友達のようだ。武は綱吉の話を相槌を打ちながら笑顔で聞いてくれる。それが嬉しくてつい色んなことを洩らしてしまいそうになる、流されてしまいそうになる。それもこの男の、一種の才能のようなものかもしれない。



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