歴代の男達は総じて私を海に連れて来たがった。男は海が好きだ。理由は知らない。
山本武もそうであった。雪が溶けてやっと暖かくなるかという頃、彼は私を海に誘った。断る理由があれば良かったのに、それを既に失ってしまっていた私は二つ返事で承諾した。
ジーンズを履いてきて良かった。初春の海は寒いし風も強くて、とてもいい気分ではなかった。髪の毛は口に入りそうになったので耳にかけた。山本武はどんどん波打ち際の方へと近づいていく。私もそれに続く。お気に入りのスニーカーが砂まみれになる光景を私は自分でも驚くほど無感情で見下ろしていた。それでも男という生き物は総じて海が好きだ。げんなりしている私をさておき、山本武は元気だ。
海が青いのは空の青を反射しているからだという。それならば、空が灰色ならば海も灰色になるのかと思えば、海の方は灰色よりもっと淀んだ黒に近い色だった。美しくない。燦々と照り輝く太陽と青い海ならばパラダイスかもしれないけれど、灰色の空に黒い海っていうのは辛気臭くてデートには向かないと思った。
そう、これは、デートではない。
「笹川」
前方にいた山本武が、振り返らずに私の名前を呼んだ。波の音に掻き消されそうだったので、会話できる距離まで歩を進める。お気に入りのスニーカーは砂でぐじゅぐじゅで、なんだかもう私まで惨めな気分になった。
「俺、別に笹川が好きとかそういうわけじゃない」
「うん」
知ってる。これは傷の舐め合い、いやそんな甘ったるいものではない、寧ろ――痛み分け。
かつて私のことを好きだと言ってくれた少年は、私の返事を待たずにどこか遠くへ――それこそ男共が大好きな海の向こう側へ――行ってしまった。私は全く知らなかった。そして少年の親友であった彼もまた知らなかったらしい。私達は二人して仲間外れで、置いてきぼりにされてしまった。理由は知らないし知りたくない、知るものか。一言くらい言ってくれたって、いいじゃないか。私だってそれなりに少年のことを想っていたのに、そんなの酷すぎる。
一方の山本武は少年のことを恨んではいないようで、恐らくそこには女である私には分からない何かがあるのだろう。知りたくもない。
だから私はもうウンザリでどうだっていいのだ、男達が海を好む理由くらいどうだっていいのだ。私はその場にしゃがみこんで砂を手で弄んだ。それは思ったより乾いていて、手で掬った傍から風に拐われた。掌に収まりきれず零れ落ちていく砂を、私は無言で見つめていた。――あの少年のことを思い出した。私では掌の中に留めておくことが出来なかったのだ。砂のように零れ落ちていった。
私は掌に残った砂をぐ、と握り締めた。勢いよく立ち上がって振りかぶり、海に向かって思いっきり砂を叩きつけた。叩きつけたというのには砂が軽すぎて、実際にはほとんど風に拐われてしまって悔しかった。いつだって私の思い通りにはならない。海なんか嫌い。
山本武は私の姿を見て、野球教えてやろうか、と少し笑った。その顔には失意は浮かんでいないし、彼は私のように己の非力さにじたばたしたりもしない。
「笹川、俺が好きなのは」
「うん」
ツナくんでしょ。言わなくても分かることだと思ったので言わなかった。今になって宣戦布告されても私は困るだけなのに、彼はそう思ってはいないらしい。
私達は置いてきぼりにされてしまったんだよ、と宣告するには彼が落ち込んでいなくて、逆に言うのが憚られた。なんで、どうして、分からない。なんでそんな顔が出来るのか分からない。そこに何があるっていうの、あるもんか、夢ばっか見て、男は馬鹿だ。
海は寒いし冷たいし嫌い。男は意味分かんなくて嫌い。私は一握りの砂を風に逃がした。逃げたかったのは私かもしれなかった。
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