キシキシと縄が擦れる音がする。自分の背後で何が行われているかは分からない。俺はされるがままになっていた。抵抗すれば余計に締まることを知っている。赤く着色された麻縄が肌に食い込んで少し痛い。

 リボーンは俺の貧相な身体を好き勝手に縛って好き勝手に写真を撮る。別に縛ってセックスするわけじゃない。縛られてるだけの写真。マニアの人はそれを芸術だと言う。俺にはよく分からない。女みたいに柔らかくてメリハリがあるわけでもない、男の俺を縛り上げて何が楽しいのかも分からない。

 縛られてる最中は目隠しをする。それが俺とリボーンとの約束だった。俺が積極的にそうして欲しいと頼んだ、という側面もある。モザイク代わりになる、というのも一つの理由だけれど、本当の理由は惨めに縛られている自分の姿を見たくなかったから。何も見えなければ少しは楽になる。麻縄を操るリボーンの指も自分の身体に食い込んだ赤い縄も自分に向けられたファインダーも。

 一本目を結び終えたらしいことが気配で分かった。後ろ手に縛られた俺の自由はかなり制限されていた。膝立ちになると、ベッドがギシリと安っぽい音をたてる。
「そのまま上半身を前に倒して頬を着け」
 言われた通りに俺は頭からゆっくりとベッドにダイブする。腰を突き出した格好。バシバシとシャッターを切る音がする。いつもの、リボーン愛用の黒い一眼レフ。音だけじゃリボーンがどこに居るのか漠然としか分からないけれど、結び目が綺麗に見える角度で撮っているに違いない。リボーンは俺自身にはあまり興味がないようだ。俺だってこの緊縛モデルを始めたのは、高いアルバイト代が貰えるからやっているだけなんだけど。

「縛り方変えるぞ」
 その一言に俺は身体を横に倒して楽になる。うつ伏せになると、リボーンが近づいてきて縄をほどき始めた。麻縄で縛ると綺麗に螺旋状の痕がつく。マニアの人に言わせればそれがいいらしい。

 さっきとは違う縛り方で、また後ろ手に縛られる。縛られている間に聞こえるのは麻縄同士が擦れる音と、俺自身の息遣いと、リボーンの微かな息遣いだけ。時々聞こえるギシッという音は結び目を作るときに縄が軋む音だ。リボーンは淡々と俺を縛り上げ、淡々と写真を撮る。何も喋らないから、暗闇の中で俺は少し不安になる。リボーンがどんな表情をして縄を操っているのか、気になるような気にならないような。

「目隠し取ってやろうか」
 俺の考えていることが分かったのか、リボーンが訊いてきた。
「いいよ、恥ずかしいから」
 目隠しをしていれば、リボーンの視線が俺の身体のどこに落ちているのか分からなくて済む。
「今更だろ」
 縛られているため抵抗すら出来ず、半ば強制的に目隠しが取り払われた。眩しくて強く目を瞑る。その間もリボーンは手を止めない。今度は胸縄にするらしく俺の目の前で何かやってる気配がする。
 ゆっくりと目を開けた。
 そこではリボーンが意地悪い表情をしていて、俺の顔をじっと覗き込むと満足そうに笑った。
「いい顔してるぞ、お前」
 いい顔ってどんな顔?鏡がないから自分がどんな顔をしているか分からない。いや、もし鏡なんかで自分の姿を見せられたら羞恥で顔から火を吹いてしまうかもしれない。とにかくあまり見たいものではなかった。
 リボーンは俺の目隠しを外したまま緊縛を再開する。
「おい、目隠し、」
「たまにはいいだろ」
 何がたまには、だ。腕を縛り終えたリボーンは今度は足を縛るつもりで、体育座りみたいな姿勢にさせた後、それぞれの足を伸ばせないよう、器用に縄を巻き付けていく。逃げられない強さで、けれど血流を妨げない優しさで。そして無闇に暴れればよりきつく締まる完全なSMプレイ仕様。俺は黙ってリボーンの作業を見ていた。ふと、左手が気になった。正確には左手の親指だけれど……強張っていて、少し不自由そうだ。あまり左手は使わないようにしているみたいだし、他の指も親指を庇うように動いている、気がする。しかし気づいたところで確かめる勇気なんかなくて、俺はただじっと左手親指を目で追っていた。
 両足をきっちり縛り終えるその一部始終を見ていた。自分の身体が縛られているところを見るのは初めてだった。撮り終えた写真すら見たことがない。俺がいつも目にするのは、肌に残った麻縄の痕だけだ。
 縄を半端に余すこともなくきっちり縛り終えたリボーンは、カメラを手にすると思いきや俺の前から動こうとせず、ましてや俺の顔をじっと見つめてきた。こう言うのも癪だけれどリボーンは美形だ。切れ長の目にじっと見つめられて俺は思わず目を反らす。
「ツナ」
 珍しく俺の名を呼ぶリボーンは何だかいつもと違う、何か変だ。心臓あたりがそわそわする。早く目隠しをして何も見えなくして欲しい。
「……目隠し」
 そう呟くとリボーンは黙って目隠しをしてくれた。視界がまた閉ざされる。けれどさっき、リボーンに見つめられた変な余韻みたいなやつが残っている。普段とは違う、もっと熱っぽくて絡み付くみたいな視線。撮影中はいつもあんな顔をしているんだろうか。今もあの目で俺を見ているんだろうか。
 その時、じわりじわりと熱いものが滲むような感覚に気付いた。しまった、と思った。ほぼ無意識だった。慌てて太股を擦り合わせる。
 勃起していた。今までリボーンの前で、裸にされて縛られて転がされても反応しなかった俺のぺニスは今、確かな熱を持って存在を主張していた。リボーンはこんな俺をどんな目で見ているのだろう。恥ずかしい。裸なんか今までいくらでも見られているんだけど、勃起した姿なんて見られたことなかったし、見せたくもなかった。
「……縛られただけで勃起するようになったのか?」
 俺の痴態を見てリボーンはくつくつと笑う。見られている。俺のぺニスは萎えるどころか更に熱を帯びて、腹にぴたぴたと貼り付いていた。
「可愛いな、ツナ」
 その言葉はスイッチのようなものだった。目頭をつるりと涙が滑った。恥ずかしいのと安心したのとで泣いた。自分にまだこんな羞恥が残っていたなんて知らなかった。けれどぺニスは萎えてくれる気配がない。リボーンは何も言わない。だから俺は泣いた。溢れた涙は溢れたそばから目隠しの布に吸い取られて、湿った感触が気持ち悪かった。
 リボーンが俺の目隠しに手をかけた。取って欲しくなかった。泣き顔を見られたくなかった。それでも目隠しは取り去られた。一度強く目を瞑ってからそっと開けると、目の前にはカメラを傾けてにやついているリボーンがいた。
「いい顔だ」
 満足そうに笑う。涙でぐちゃぐちゃの顔のどこがいい顔?そのままバシバシとシャッターが切られた。泣き顔を撮られたくなくて顔を反らす。それでもバシバシとシャッターは切られた。ますます涙が溢れてきた。ぺニスがじんじんと熱を持っていて苦しい。今の状態じゃ、触ることすらできない。

「苦しいか」
 また俺の考えを読んだかのようにリボーンが声をかけてくる。俺はガクガク頷いた。
「膝立ちになれ、足はちゃんと開けよ」
 そう言われてその通りにしてしまう自分が情けなかった。けれど今、俺の主導権を握っているのはリボーンなのだ。反り返ったぺニスは姿勢を変えるたびにヒタヒタと下腹部に当たって恥ずかしかった。
 とうとう俺はリボーンの前に自分の勃起したぺニスを完全に晒した。羞恥で死にそうな俺は目を固く閉じたまま顔を反らした。少し遠くでバシバシとシャッターの音がする。その音さえ俺を煽った。カウパーが溢れてぺニスを伝う感触がした。
「リボっ……無理……!」
 早く吐き出したくて堪らなかった。リボーンが近づいてくる気配がした、と思ったら突然ぺニスの先を指先でグリッとほじくられて俺は悶える。
「腕だけほどいてやるから自分でしてみろ」
 リボーンは俺の欲を見透かしたようにこんなことを言った。俺にはもう頷くしか選択肢が残っていなかった。早く、早く、早く。腕の拘束が解かれていく。動ける程度まで縄が解かれると、半端に縄を巻き付けたまま、くっきり縄目の痕を刻んだ腕と胸をファインダー越しにさらけ出して、俺は泣きながらぺニスを扱いた。普段ならあり得ない量のカウパーで手がベトベトだ。リボーンは無表情でバシバシと俺の痴態を写真に収めていく。リボーンがファインダー越しの俺のオナニーを観察している。観察している。俺は目を瞑って乱暴にぺニスを扱いた。ぺニスがヒクヒクしてきて、そろそろ射精しそう、な時だった。
 夢中でぺニスを扱いていた俺の手に、手が重なった。目を開けると目の前にリボーンがいた。にやついた顔さえ美形だ。
「今までで一番いい顔してるぞ、ツナ」
 俺の手を退けさせて直にぺニスを触り扱く、リボーンの綺麗な指。左手。強張った親指。縛られて勃起して情けなくて恥ずかしくて気持ちよくて、ボロボロ泣きながら身を委ねた。
「ひっ……イ、イく、」
 パッとリボーンが手を離す。その余韻で俺は射精した。びゅるびゅる撒き散らされる精子。リボーンは俺の射精シーンの一部始終を写真に収めていた。



 後でこの時の写真を見せられた。自分の映った写真を見るのは初めてだった。顔をぐちゃぐちゃにして必死でオナニーをする俺の姿は目もあてられないほど卑猥で恥ずかしくて、俺は一目見ただけで視線を反らす。
「だが、被写体としてはこの方がいい」
 リボーンが満足そうに笑ったので、俺は何も言えなかった。この写真はリボーンお気に入りだったけれど、雑誌やウェブサイト上に出されることはなく、彼の個人的コレクションの中に収められるらしい。
 気になって他の写真も見てみると、そこには俺じゃないみたいな俺がいた。綺麗に縛られて綺麗に写真に映っている。ふと気づいたのは、どの写真を見ても俺の性器が映っていないことだった。モザイク処理したわけではなく、どの写真でも自然に身体の陰に隠れている。
 それに気づいた途端、上手く言えないけれど、ぐっと来てしまって、俺は彼の麻痺した左手親指を思った。逃げられない強さで、血流を妨げない優しさで、リボーンは俺を縛る。手首や足首は特にそうだ。何だか、今まで曖昧に残してきたものに折り合いがついたような感覚だった。お金のためだけに興味のない緊縛モデルなんてやってて、リボーンも俺なんかに興味はないんだって思ってたけど、案外そうでもないのかもしれない。
 次からは目隠しを外して貰ってもいいかもしれない、なんて、そんなことを考えている自分が、撮影中よりも何倍も恥ずかしかった。








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