熱い視線に、思わず顔を背けた。俺は小さく溜め息を吐く。
その男の名前は山本武と言った。俺の友達の友達というやつで、紹介されたときの第一印象は、爽やかな好青年。何かスポーツをやっていると言っていた。短く刈り込んだ黒髪と高い身長、程よく筋肉のついた腕。いかにも女の子からモテそうな感じだった。
普通はそこで終わるものだ。別に彼と俺との間に何か共通の趣味があるわけでもない。つまり俺たちの間に仲良くなれる要素なんかこれっぽっちもないわけで、俺の予想ではせいぜい、校内で見かけたら挨拶を交わすくらいの関係になるはずだった、いや、そうなれたらまだいい方だった。
しかし俺の予想に反して翌日、彼は朝からずっと俺の隣にいる。声をかけてきたのは彼の方からだった。ニコニコしながらおはようと言われたのでおはようと返した。今日の何コマが授業だとか次の教室はどこだとか差し障りのない話をした。校舎に入り目的の教室の前まで来て、じゃあこれで、と言った。彼は笑顔で俺を見送ってくれた。
俺はてっきり、彼は何かの気紛れで俺に付きまとっただけなのだと思っていた。そんなことはすぐなくなり、ただの他人に戻るだろうと。すれ違っても挨拶すらしなくなるだろうと。
しかし授業後、教室を出ると何故か彼がいた。しかも名前を呼ばれて笑顔で片手を上げてきた。意味が分からない。人との距離の取り方が分からない人なのだろうかと俺はものすごく警戒した。いぶかしむ俺とは反対に彼はニコニコしている。ものすごく嬉しそうだ。何かいいことでもあったのかと尋ねると、ツナに会えたからと返ってきた。意味が分からない。
結局その日一日、ずっと彼と一緒にいた。正確には、付きまとわれた。山本は友達が多いらしく、廊下を歩いている時にも男女関係なく色んな人から声をかけられていた。じゃあ何で昨日会ったばっかりの友達の友達に付きまとうのか、彼の意図するところが全く分からない。しかも彼に声をかけてきた友人のほぼ全員が、彼の隣にいる俺を見てコイツ誰みたいな顔をするのが居たたまれなかった。別に俺だって好きで一緒にいるわけじゃない。授業だってバラバラだし空きコマだって被ってないのに、俺が教室から出てくると何故か廊下に必ず彼がいるんだ、俺にニコニコしながら声をかけてくるんだ、仕方ないじゃないか。
そして最終的に俺たちはファミレスで顔を突き合わせていた。とうとう最寄り駅までついてこられた。彼は相変わらずニコニコしながら俺を見ている。相変わらず嬉しそうだ。俺は既に不審なものを見るような目付きで彼を見ていたと思う。怪訝な顔で自分を見上げる俺にお構いなしで、彼はニコニコしている。変な人だ。悪いけれど今日一日で、山本を変な人と認定した。変な人は300円のドリアをスプーンでつつく俺をニコニコしながら見ている。食べる姿の一部始終をそんなにつぶさに観察されるのは何となく嫌だ。そんなに見ないでと言うとごめんと返ってきた。そこまではまだ普通だった。その後の台詞に俺は耳を疑った。
「ツナが可愛いから」
それは何の冗談だろうか、そんな口説き文句、男の俺に言ったって何の効果もないのに。でも彼の顔は冗談を言っているようには見えなくて、というか相変わらずニコニコしていて、俺は軽く動揺する。追い打ちをかけるように彼は言った。
「俺さ、ツナに一目惚れしたのな」
持っていたスプーンを落としそうになった。開いた口が塞がらない。ゆっくり彼に視線をやると、そこには相変わらずの笑顔があった。
「お……俺、男だけど」
「ん、知ってる」
何言ってんの、みたいな顔で即答された。
「俺、バイだから」
二度目の衝撃。少しだけ目眩がした。意味が分からない。いや、何となく分かったけれど分かりたくない。分かったけれど理解できない。
「っつーかバイタチだから。俺、ツナみたいな可愛い子が好きなのな」
ニコニコしながら平気でそう言ってのける彼。今の彼の視線には、ドロッとした熱いものが混じっている。きっと俺が気付いていなかっただけで一日中、こんな視線を向けられていたのだ。そう思った瞬間、背筋がぞわっとした。彼は相変わらずニコニコしている。視線だけはやたらに粘っこくて熱い。そこで俺は漸く、もう手遅れなことに気付いたのだった。
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