=六日目=


 ……来ない。

 何だかんだで俺はあの少年のことが気になっていた。最近毎日来てたから、今日も来るんじゃないかと心の準備をしていたけれど、一向に来る気配が無い。
 そうか、今日って土曜日だっけ。でもそもそも今って夏休みじゃないのか?

 俺はあからさまにそわそわしていたらしく、俺の後にこの店に入ったハル(JK)が俺に話しかけてきた。

「ツナさん、どうしたんですか? 何か変ですよ」
「え、いや、何でもない……」
 俺はしどろもどろになる。
「想い人が来るのを待ってんだよ」
 ディーノさんが裏からひょいと顔を出してそう言った。余計なことを。

 JKハルはキラキラ目を輝かせて言った。
「え〜、ツナさんの想い人見たいです! どんな人なんですか?」
 見なくていい見なくていい。しかも想い人じゃないし。一方的に想われてるんだし。
「黒髪のー、可愛いってよりカッコいい人だよな」
 ディーノさんは分かってて俺をからかってくる。恐る恐る後ろを振り向くと、フライヤーのところに居た入江くんの口元が思いっきり引きつっていた。俺はもう何のリアクションもしてやる気になれない。
「え〜お姉さん系ですか!? すごいですツナさん大人です!」
 ハルは一人ではしゃぐ。空気読んでくれJK。

「時間になったんで上がります……」
 少年が来ないなら来ないで、酷く疲れた一日だった。





=七日目=


 今日は日曜日、かつバイトは休みの日。
 外は暑いので、俺は潔く家でダラダラすることにした。

 が、冷蔵庫の中を覗いて愕然とした。何も入ってない。そういや最近ずっとバイトだったから、廃棄の弁当とかこっそり貰ってたんだよな……。

 というわけで、結局外出することにした。遠出するつもりなんてない。食糧が買える場所ならどこでもいい。スーパーとコンビニどっちにするか?距離的にはどちらも変わらない。ちなみに俺の家から一番近いコンビニ=俺の働いているコンビニ、だ。

 そこまで考えて、ポンとあの少年の顔が浮かんできた。

 ……いやいや。だから。何でだって。
 俺は別に何とも思っちゃいないんだって。
 しかも今日って日曜日だし、土曜日の昨日に来なかったんだから今日なんかもっと来るはずないだろう。俺は自分の心にそう言い聞かせる。

 でもさ、と、俺の中のもう一人の俺が囁いた。

 どうせ何も予定ないし、家にいても何も楽しいことないし、それに今、すごく立ち読みしたい気分じゃないか?

 ……というわけで、俺はコンビニに行くことにした。
 立ち読みがしたいからコンビニに行くのであって、少年のことが気になっているわけでは断じてない。だって今日って日曜日だし。そうそう、だから少年のことなんて全く関係ない。

 しかし俺はコンビニ前まで来て自分の目を疑った。コンビニ前の日陰にしゃがんでアイスを齧ってるあの少年に、すごく見覚えがある。

「あ、」

 少年は俺に気付いたようで、パッと笑顔になった。

「ツナヨシさん!」

 そうして勢いよく立ち上がってブンブン手を振るのは、何の偶然か因果か例の少年だった。



 いや、シカトだ。ここはシカトに限る。中学生にこれ以上からかわれるのはごめんだ。俺は視線を逸らし、何事もなかったかのようにコンビニへ入ろうとする。
「ちょっと、何でシカトするんスか!」
 少年が俺の腕をぐいと引っ張った。俺は軽くよろめく。
 ああもう。

「……えっと、山本くん、だっけ?」
「そうです! 俺の名前覚えててくれたんスね!」
 少年はやたらと嬉しそうだ。しかし……気の毒だけど、ここはハッキリ言わせて貰う。

「年上をからかうな。あと俺は男。だからお前とは付き合えない」

 きっぱりそう言った。
 しかし少年はショックを受けた様子は微塵も無く、逆にクソ真面目な顔でこう返してきた。

「男とか関係ないです。俺、本気です」

 ……数秒の沈黙。
 おっヤベっ、と言いながら少年がデロデロになったアイスを舐めた。

 しかしいくら向こうが本気と言っても、相手は中学生だ。付き合うとか言って、ただ楽しくデートするだけとか思ってないよな?ここは大人らしく、きっぱりと言ってやるのがいいだろう。

「だってお前、付き合うって言ったって、俺にはお前と同じモン付いてんだぞ。気持ち悪くないのかよ?」

 そこで少年が眉を顰(ひそ)めるようならば、俺は更なる大人の対応でスマートにかわそうと思っていた。
 が、しかし。
 最近の中学生って怖い。

「ツナヨシさんだったら関係ないです! それに俺、友達と扱き合いとか普通にしてるんで慣れてますし!」

 ……もう何も言い返す言葉がなかった。
 少年はデロデロに溶けたアイスを俺の前に突き出して、舐めます?と言った。





=八日目=


「よー、おはよう。で、昨日のデートはどうだったんだ?」
 出勤すると、早速ディーノさんに昨日のことでイジられた。
「……デートじゃありません」
 俺は力なく返す。単なる偶然だ。
「あの子うちの常連なんだよなー。元気良くて礼儀正しいし、俺はいいと思うぜ」
 ディーノさんはあっけらかんと言う。何がいいものか。ディーノさんは人事だからそんな事が言えるんだ。しかも男の従業員に男子中学生との交際を勧める大人ってどうなんだ。この人は何かずれている気がするのは俺だけだろうか。

 いつもの時間に少年はやってきた。そして牛乳パックをレジに置きながら、笑顔でこんなことを言う。
「そういや土曜日、俺のこと待っててくれたんスよね?」
「へ?」
 土曜日、って言うと一昨日……彼が来なかった日だ。
「あの日部活がなかなか終わんなくて、いつもより30分遅れていったらもう上がったって言われて。でもツナヨシさんは俺のこと待っててくれたって、店長さんから聞きましたよ」
 俺はバックスペースを振り向いた。ディーノさんがニヤニヤしている。……やられた。

「で、昨日も言いましたけど俺は本気ですから」
 それで返事を聞きたいんですけど。少年はニコニコしながら言う。

 俺は。
 ……どうなんだ?

 確かにここのところ、少年のことをよく考えている。けれど、好きだ付き合ってくれと言われた相手を意識しない方がおかしいじゃないか。そうじゃなくて、俺がこの少年を実際どう思っていて、この先少年とどうなりたいか……。
 どうなりたいか?
 どうなりたいんだ?

 ……付き合うのか?

 思考が数珠繋ぎ的にそこまで到達し、そして停止した。付き合う?付き合うだって?本気?
 俺は視線を上げた。少年は口元に笑みを浮かべて俺の事を見ている。
 ……まぁ、悪い奴じゃないというのは認める。初めてレジに入った日に、彼に声をかけてもらって嬉しかったことを思い出した。

「……分からない」

 正直に俺は答えた。分からない。というのも、本気で考えることを避けてきたからだ。だって相手は中学生のガキンチョなんだ、中学生と本気で付き合うことを考える大学生なんてそうそういないと思う。俺にロリショタ趣味はない。
 少年はうーんと視線を一度上げてから、元に戻した。

「でもそれだったら、まだ脈ありってことっスよね?」

 え?
 目を点にする俺を他所に少年は目を輝かせた。
 ……全く、最近の中学生は……。
 返すべき言葉が見つからなかった。ここは条件反射に意識を委ね、とりあえずコンビニのレジ係として会計を済ませようと思う。

「16円のお返しで……」
「はい」

 その時。
 お釣を渡す俺の手を、少年がぎゅっと握った。
 ……しかも、特上のスマイルつきで。

 かっと顔が熱くなるのを感じた。中学生だと思っていたその手は骨張っていた。俺よりずっと年下の子供だと思っていたのに、その手はすっかり男のそれだった。心臓の裏あたりがむずむずして落ち着かない。気恥ずかしいような、きまりが悪いような。
 手はすぐに離れていった。

「また明日も来ます! じゃ!」
 そう言い残していつものように元気よく去っていく後姿を、俺はただ呆然と見つめることしかできない。

「……いい加減認めたら?」
 まだぼんやりしていた俺の背後で、入江くんの溜息が聞こえた。





=九日目=


「愛があれば六歳くらいの歳の差なんて関係ないですよ!」
 出勤した俺に、JKハルはそう言って帰っていった。また何か間違った入れ知恵をされたらしい。

 そもそも俺はお付き合いする対象として少年を見ていない。中学生だから。六歳差だから。男同士だから。俺はショタコンでもホモでも何でもないので、そのことは重要だ。でも少年はそんなこと関係ないという。俺の何を知ってそんなことを言うのか、そんなに俺のことが好きなのか?好かれて嫌な気分はしないけど、じゃあ付き合いましょうって訳にはいかない。だって六歳差で男同士だからだ。

 俺が上がる時間ギリギリに彼はやってきて、いつも通りに牛乳を買って店を出て行った。レジが済んだ頃には時間を過ぎていたので、入江くんに声をかけて先に上がる。“いい加減認めたら?”……昨日の入江くんのセリフが蘇った。ちらりと入江くんを見たけれど、俺の視線には気付かなかったみたいで作業をしていた。なので声をかけることもせずに、バックスペースに引っ込む。
 認めたら?って、それって俺が少年のことを好きみたいじゃないか。確かにいい子だけど、気に入ってはいるけど、愛とか恋とかの対象になるかっていうとまた別な気がする。
 でも昨日、手を握られて焦った。恥ずかしかった。あの笑顔を向けられると、どうしてか俺は弱い。

「あ、ツナヨシさん!」

 ……着替えて店の裏口から出て、俺は固まった。少年が笑顔で手を振っている。何でいるんだ。
「いつもこの時間に上がりだって聞いて、今日は待ってました。一緒に帰りましょう」
 少年はいつも通りエナメルのドラムバッグを提げて俺に笑いかける。
 思わず訊ねた。
「君はそんなに俺のことが好き?」
 すると少年は笑顔で即答する。
「はい、好きです!」
 ……何でそんな、迷いなく断言できるのか俺には分からない。
「何で俺のことが好きなの?」
 今度はそう訊ねてみた。
「好きに理由なんてありません!」
 ……確かに、ご尤もなんだけども。

 家が同じ方向らしいので、とりあえず途中まで一緒に帰ることにした。隣の少年は機嫌がいいらしくニコニコしている。やっぱり俺より少しだけ背が高い。何だか俺のほうが年下みたいだ。

「で、返事、どうっスか?」
 いきなり少年は言った。
「返、事?」
「告白の返事です」
 俺ずっと待ってるんですけど、と少年は言う。
「昨日分からないって言った」
 昨日の今日で分かるわけがないだろう。でも少年は諦める気配がない。
「じゃあどうしたら好きになってもらえますか? 俺、ツナヨシさんのためだったら何だってするし何度だってコンビニ通います」
 熱っぽい視線を向けてくる少年に俺はたじたじになる。こんなに好意を寄せてもらったのは生まれて初めてかもしれない。何だか落ち着かない。
「どうしたら、って……だって俺と君はお互いのこと何も知らないだろ」
 やっぱりまずそこが問題だ。少年は少し考え込むような仕草をして、思いついたように視線を俺に向けた。

「じゃあ、お友達から付き合ってください」

 ……はぁ?

「まず一週間、どうですか? その間俺、ツナヨシさんに好きになってもらえるように努力します。ツナヨシさんが嫌だって言うことは絶対しません。あ、それは、ちゅーとか出来たら嬉しいっスけど」
 へへ、と少年は照れたように笑う。
「ね、一週間」
 念押しのようにそう繰り返して、少年は本当に何気なく隣を歩く俺の手を取って、本当に自然に手を繋いだ。特上の笑顔で。
 心臓が跳ねた。その動作にも驚いた。何かがおかしいと思った。けれど薄々気付いていた。素直なのは理性なんかじゃない心臓の反応だ。少年はニコニコして俺の顔を覗き込んでいる。俺が大好きだって顔をしている。それを見てまた俺の心臓は跳ねた。思わず視線を逸らす。

 ……ああ、もう。
 ああもう。
 最近の中学生って分からない!

「……と、とりあえず、一週間なら……付き合ってやっても、いいよ」
 俺は俯いて、ぼそぼそ呟いた。様子を伺っていた少年は俺の言葉を聞いてえ、うわ、とうろたえ始めた。
「え、マジですか? マジ?」
「い……いいって言ってるだろ! 疑うなら撤回するぞ」
 俺が睨み付けると少年は慌てた。
「ちょ、ごめんなさい撤回しないでください! え、だって、嬉しくて」
 目をキラキラさせてわーとかうわーとか声を漏らしている。その横顔を見ながら、何でこんな子が俺なんかのことを好きなんだろうなとぼんやり思った。

「俺、頑張りますね」
 突然少年がこっちを向いた。ずっと繋ぎっぱなしだった手がぎゅっと握られた。極上の笑顔。跳ねる俺の心臓。何かがおかしい。認めたくない。認めたくないけど、心臓がうるさい。

 好きに理由はない。俺もそのセリフを使う日が来るのだろうか。その答えは一週間後に分かるのかもしれない。分からないけれど。
 少年がニコニコしながら、最初のデートはどこに行きます?と言った。



=そして次の日=


「おめでとう」
 出勤するなりディーノさんがニヤニヤしながらそう言ってきた。どうやら昨日、俺たちが連れ立って店の裏手から歩いてくるのを見ていたらしい。
「別におめでたくないです」
 絆された……そう、絆されたというのが一番ぴったりな表現だろう。でも別に本気で好きになったわけじゃないぞ、とりあえず一週間付き合ってやるだけなんだから。
「え、ツナさんおめでたですか!」
 JKハルは目を丸くしてそう言った。決しておめでたではない。
 ちらりと入江くんを一瞥すると、無言で視線を逸らされた。この裏切り者め。



「来たぞ」
 上がりの時間近くになって、ディーノさんが耳打ちしてきた。店の外に目を向けると……ちょうど視線が合った。山本くんが笑顔で手を振っている。多分、俺が上がるのを待つつもりだろう。
「よし、今日はもう上がっていいぞ! お疲れ!」
 ディーノさんは軽快に笑う。どうしてこの人は俺と山本くんとをやたらとくっ付けたがるのか……面白がってやっているに違いない。でも山本くんを暑い中待たせるのも悪いので、俺はありがたく従うことにした。

「お疲れ様です」
 学校帰りらしい山本くんは今日も爽やかな笑顔を俺に向けてきた。夏の太陽をバックにした山本くんはスポーツ少年って感じで眩しい。自分がオッサンに思えてくる。もうハタチだもん、この子と六歳も離れてるんだぞ、俺。
「どうしたんですか?」
 黙る俺に対して山本くんは不思議な顔をした。
「いや……六歳も離れてるんだなと思って」
 そう口にすると山本くんは一瞬きょとんとして、それからどっかで聞いたことのあるセリフを口にした。
「愛に歳の差なんて関係ないっスよ!」
 ……最近の若い子ってすごいんだな。俺は人知れず溜息を吐いた。

 俺たちはまた二人で並んで帰る。山本くんは普通なのに俺だけ居心地が悪いようで、内心そわそわして仕方がない。仕方ないじゃないか慣れてないんだから。俺は必死に頭の中で話題を探した。
「……山本くんって牛乳が好きなの?」
 ふと疑問に思っていたことを訊ねる。
「はい」
 笑顔だ。山本くんは今日も機嫌がいい。
「えーっと……その他に山本くんが好きなものって何?」
 多分合コンでもとりあえずこれは聞いておくだろうということを訊ねてみた。すると山本くんは笑顔でこんなことを言う。
「野球とツナヨシさんです!」
 顔が熱いのは太陽のせいだと思いたい。どうしてそんな恥ずかしいことを堂々と言えるのか分からない。
「ツナヨシさんの好きなものって何なんですか?」
 山本くんは今度は俺に尋ねてきた。そうだな……漫画とかゲームとかその位しか思いつかない。ホント何でもない人生送ってるんだな俺。
 ……ふと、思った。
 ちょっとからかってやったら、この子はどんな顔をするのだろうか?
 不意に湧き上がった悪戯心で、俺は何でもないことのようにして言ってやった。山本くんの方は見ない。
「お前」
 さて、どんな反応をするか……。
 ……。
 …………。
 あれ?

 反応がないのを不思議に思って横を向くと、山本くんの顔に感激って書いてあった。
 まずい。非常にまずい。

「あ、あのー……」
「ツナヨシさん!」

 感極まった様子で山本くんが俺に抱きついてきた。ここは大通り、歩道のど真ん中。心の中でぎゃああああと絶叫。

「俺、ツナヨシさんのこと大事にします、幸せにしますから……!」

 山本くんは俺の肩口に顔を埋めて呟いた。俺よりちょっとだけ背が高い山本くんだけど、時々中学生らしく子供みたいな表情や行動をするのが可愛い……俺、やっぱり絆されてるんだと思う。
 ゆっくり身体を離して照れ笑いするその笑顔はまるで太陽みたいで、俺はまた自分の顔が火照るのを感じたのだった。











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