始業式を経て、学校が再開してから初めての金曜日。以前バイト先で話しかけてきたクラスメイトの女子が、登校してきた綱吉を呼び止めた。
「沢田さぁ、今もあのコンビニでバイトしてるんでしょう?」
 学校では沢田かよ、と内心毒づきながらも、綱吉は肯定した。すると彼女は、一緒にいた友人数名と何やら小声で相談事をしている。何か面倒くさいことになりそうな気配を感じながら、無視することも出来ず待っていると、相談を終えた彼女は振り向いた。
「あの山本ってお兄さん、彼女とかいるの?」
「いないって言ってたけど」
「じゃあ好きな人とかいるの?」
「さぁ……」
 そこまでは分からないよ、と言いかけた綱吉を遮って、彼女は勢い込んで言った。
「訊いてきてよ沢田、ね、いいでしょ、一生のお願い!」
 訊いてくるのは別に構わないが、一生のお願いとは随分大げさな言い方をする。しかし自分で訊ねたらいいものの、どうして女って奴は自分の手を汚したがらないのだ。綱吉は浅い溜息を一つ吐いて、いいよ、と返事をする。
「本当? じゃあお願いね、絶対だからね!」
 そう言い残し、彼女は短いスカートの裾をばたばた揺らしながら廊下を駆けていった。こんなことでもなければ彼女が自分に声をかけてくることもないかもしれない。何せ彼女は所謂ギャル集団の中の一員なのだ。会話の内容がまず分からない。それよりかはもう少し清楚でメイクもナチュラルな女の子の方が好みだ、例えば最近CMでよく見かける、笑顔が可愛いあのタレントのような……というのは置いておいて、明日のバイトが終わったころにでも武に訊ねてみようと思った。それに自分としても少し気になる。あの武が惚れている人がいるとしたら、それはどんな人なんだろう。

 そして翌日、バイトを終えて着替えていると、同じく仕事を終えた武がスタッフルームへ戻ってくる。昨日のことを思い出して顔を上げると、武の方から先に声をかけてきた。
「ツナ、今から飯行かねぇ?」
 今までもこうして誘われていたため、綱吉はすぐに行きますと答えた。その時にでも訊けばいいだろう。綱吉は携帯電話を取り出して母親に遅くなる、とメールを入れた。ちなみに母親は、綱吉が山本父子に世話になっていることを知っているので今更何も気に止めたりはしない。気楽なものだ。

 ファミレスに到着して注文していつものような世間話をして、ここまでで約十分と言ったところか。さてどのタイミングで訊ねようかと綱吉は思案していた。会話しながら様子を伺っていると、あまりに上の空だったらしく武のほうから訊いてきた。
「ツナ、何か俺に話したいことでもあんの?」
 武はいつものような笑顔だ。綱吉は訊ねるには今しかないと思った。今このタイミングを逃してしまえば許してもらえないかもしれないと……あれ、許してもらえないって何だ?心のどこかでそう思ったが口は止まらなかった。
「あの、武さんって、好きな人とかいるんですか?」
 武は驚いて数秒、綱吉の顔を見つめていた。何かまずいことでもしたかと綱吉の頭に不安が過ぎる。こちらも武の顔を見つめていると、すっと武の瞳が一瞬だけ、ほんの一瞬だけ細まったのを見てしまった。
「……それってさ、期待してもいいってこと?」
 しかしすぐさまいつもの笑顔になってこう訊ねてくる。先刻の表情が気になった綱吉は思考が追いついていかなくて、え、と聞き返す。期待? 期待って、何に対する期待だ?
 そこで店員が注文の品を運んできたので、会話が途切れる。武は何も言わない。綱吉も言葉が見つからず黙っていた。店内のモニターにはテレビ番組が映っている。いつもなら全く耳に入ってこないその会話内容が、今日はやけにはっきり聞こえてくる。

「ツナは」
 パチンと割り箸を割りながら武はやっと口を開いた。
「……好きな人とかいんの?」
 視線を料理に落とし、割り箸で付け合せの野菜をつつきながら言う。そんなことを訊かれるとは思ってもみなかった綱吉は戸惑った。
「え……いないです」
 武はまだ自分と視線を合わせてはくれない。
「じゃあ彼女は」
「いるわけないじゃないですか」
「キスしたことある」
「は……な、ないです、」
「ラブホは」
「あるわけないじゃないですか!」
 つい声を荒げてしまった綱吉は、周りを見回して肩身を狭くした。淡々と訊いてくるのが逆に恐ろしい。武は未だ料理に手を付けていない綱吉をちらりと見て、冷めるよ、とだけ言った。この間も頑なに綱吉と視線を合わせようとしない。何なんだ、自分が何か気に触るようなことでもしたのか……手に取ったスプーンを見つめながら動けなかった。と、視線を感じて顔を上げると、武がこちらをじっと見ている。そしてそれは唐突に起こった。

「行こうか」
「へ……どこに」
「だから、ラブホ」
 期待してもいいんだろ?と武は笑いかける。が、その目は笑っていなかった。さっきの期待って、そういうこと? もしかしてこの人誠実なんかじゃなく、ある意味とんでもない人なんじゃないだろうか。綱吉はスプーンを握り締めたまま動けなかった。
 店内のモニターでは、白いワンピースを着た憧れの女タレントが、可愛らしい笑顔を振りまいていた。



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そこでオチがこのタイトルなわけです
お付き合い下さりありがとうございました




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