「物騒なこと言うのなー」
 沢田の言葉に山本は笑う。物騒なことを先に言ったのはお前だろうと獄寺は内心毒づいた。

「普通“助けてください!”とか“俺を一体どうするつもりですか!”って言うモンじゃねーの? 人質としては」
 山本は少し大袈裟に、演技がかった声で言う。
「……別に、生きてて楽しいことなんてないし」
 俯いたまま沢田はポツリと呟いた。

 獄寺は嫌な予感がしていた。だから、訊かずにはいられなかった。
「何でそんな風に思うんだよ、お前イイトコのお坊ちゃんなんだろーが」
 その言葉に、山本がへぇーと感心する。鏡越しに後部座席を確認すると、沢田はただでさえ小さな体躯をさらに小さくして呟いた。

「……違います、財閥って言ってるけど中身は……本当は……ウチ、ヤクザなんです」





 どうやら獄寺の嫌な予感は的中したようだった。
「ヤクザ!?」
 すっとんきょうな声をあげたのは山本だ。獄寺は何も言えずにいた。
 犯罪の内容には不釣り合いな刑罰。人質には不釣り合いな覇気のない少年。搾取には不釣り合いなヤクザ。出来損ないの犯罪には不釣り合いなリスク。
 ――……割に合わない。獄寺は頭を抱えたくなった。

「なぁなぁ、ヤクザって小指詰めたりすんの?」
 山本は好奇心いっぱいの表情で沢田に質問した。沢田はこくんと小さく頷く。
「おい獄寺、俺たち逮捕の前に内臓なくなるかもな」
 山本は愉快そうに笑った。だから何が楽しいんだ。こいつの考えていることは分からない――……ヤクザと聞いて獄寺の脳裏に浮かんだのは、犯罪をけしかけてきた青年だった。彼はボンゴレ財閥が実質ヤクザだということを知っていたに違いない。さしずめヤクザ同士の潰し合いに利用されたってとこか、クソッ。獄寺は怒り任せに、片手でハンドルを殴りつけた。

「……オイ山本、そいつの手足のガムテープ外せ」
 山本はえぇー、と不満げな声をあげる。
「何でだよ、もしかして逃がすつもりか?」
「そのもしかしてだよ」
「通報されたら捕まるじゃん、っつーかその前にヤクザに追いかけられて……、」

「嫌です」

 やけにはっきりした声に会話を遮られる。

「警察に通報も家の人にチクリもしないよ……でも家に帰るのは、嫌だ」

 顔をあげて、沢田ははっきりとそう告げた。





 数秒の空白の後、
「っはは、おもしれーな、お前!」
 山本が軽快に笑い出した。言いながら沢田の頭をくしゃくしゃ撫でる。
「面白くねーよ! ……拐ったのは悪かった、このまま家まで送ってやるからさっさと帰れ」
 獄寺は静かに言った。
「嫌だ」
 沢田は食い下がる。バックミラー越しに、二人の視線がかち合った。さっきまでとは一転、強い瞳がそこにはあって、獄寺は驚く。
「……このまま俺を家に送ったら警察に言ってやる」
 山本がうげ、と変な声を出した。





 後部座席から聞こえてくる、名前はどうだとか学校が何だとかいう山本の質問責めを聞き流しながら、獄寺は考えていた。
 最初から穴だらけだった誘拐。沢田をこのまま帰すわけにはいかないと山本は言った。殺すしかないとも。
 沢田はこのことは誰にも言わないという。しかし、帰りたくないと。
 沢田の両親――いや、ボンゴレ財閥と言うべきだろうか――は、沢田が事件に巻き込まれたことにもう気付いただろうか。時計を見ると、いつも沢田が帰宅する時刻を二十分ほど過ぎていた。警察に連絡するだろうか、自分たちの手で探そうとするかもしれない。何にせよこのまま宛もなく車を走らせている訳にはいかないだろう。

「オイ」
 獄寺は後部座席に声をかけた。
「お前は俺たちに何をさせたいんだ」
 訊ねると、沢田は声のトーンを落として言う。
「……別に、何をさせたいとかじゃない。ただもう家には帰りたくないんだ。だから、俺を殺すなり何なり好きにしていいよ」
 それがあまりに沈んだ声だったので、獄寺は咄嗟に言葉を失った。
「別に友達もいないし、趣味も特にないし、家にいてもつまんないし、特技もないし、いいとこないし」
 言いながら、沢田がどんどん肩を落としていく様子が分かった。心なしか車内の空気も淀んでいる気がする。厄介なものを拾ってしまったと、獄寺は背中に変な汗をかいた。
「生きてても意味ないから、死んでもいいです」

 ――……どうする。獄寺は迷っていた。帰すも帰さないも地獄ではないか。どんな選択肢を選んだとしても、刑務所行きか腹を切られるかのニ択に繋がる。また腹が立ってきた。煙草が吸いたい。

「……よし」
 しばらく唸っていた山本が元気よく声をあげた。
「遊びに行くか!」
 唐突な提案に、獄寺は間違えて急ブレーキを踏むところだった。





「馬鹿か! 遊びに行くって何だよ一体!」
「だって、どうせお前もう身代金要求するつもりはねーんだろ? こいつは家に帰りたくねーとか言うけど、殺して後始末するには相手が悪すぎるぜ。まー家出ごっこみてーな感じでさ、いいんじゃね?」
 山本はへらりと笑った。
「帰りたくねーって言ったって、このままじゃ親が探しに来るんじゃねーのかよ」
 警察に言われたり探しに来られたりしたらそれが一番マズいのだ。
「あー、んじゃー連絡しちまおうぜ親に」
「は?」
 獄寺は慌てた。何とも大胆不敵な提案である。
「今日は友達の家に泊まりますって」
 山本は後部座席から身を乗り出して、助手席に置かれていた沢田の携帯を取った。両手の拘束を解いてやってからそれを手渡す。
 沢田は少し迷った後に渋々受け取って、ゆっくり操作してからそれを耳に当てた。

「……もしもし、母さん?」

 沢田は静かに喋り出す。
 獄寺は運転を続けながら様子を伺っていた。電話の沢田は酷くオドオドしていて可哀想なくらいだった。家が窮屈だというのは本当らしい。友達がいないというのも――……土日さえ家に引きこもっていたあの様子じゃ、本当のようだ。中学生にしてはあまりに不健全で不憫。

「だから、今日は友達の家に泊まるって……ほ、ホントだよ、ホントだってば」

 オロオロしながら沢田は説得を続ける。しかし相手はなかなか承諾しないらしく、電話は終わらない。確かに、普段友達と遊ぶことのない息子が突然友達の家に泊まるなんて言い出したら、どんな親でも疑うに違いない。獄寺は声を聞きながら苛々していた。埒が明かない。
 とその時、山本がひょいと沢田の携帯を取り上げた。沢田は驚いた様子で山本を見る。山本は険しい顔で沢田を見、彼の頭にポンと手を置く。

「あーもしもしツナの母ちゃんですか? 俺、山本っていうんですけどツナんとこ預かりますんで、心配しないでください。んじゃ」

 やけに明るい声で一息で言い切り、そのまま電源ボタンを押す。通話を終えた山本がニカっと笑いかけると、不安げに見上げていた沢田はぱあっと笑顔になった。
 ――……どうやら信頼関係のようなものが出来たらしい。気に入らない。獄寺はケッと悪態をついた。





 山本は他人との間に境界線を引かない。だから交遊関係が広く、誰とでもすぐ打ち解ける。
 しかし、自分の核心部については常に閉口したままであるというのが、獄寺の彼に対する印象だった。貼り付けた笑顔の裏側に何かを隠しているのではないか。時々人間らしい感情も未来もない発言をするのはその為ではないかと。

 宛もなく国道を走らせていた車をファッションビルに立ち寄らせて、山本は沢田と車を降りた。指定の制服をかちりと着こなしていたはずの沢田は、一時間程して戻ってきた時には私服を着ており、その辺にいる十四歳の少年らしい姿になっていた。

「似合うだろー」
 沢田の後ろを歩いてきた山本が笑う。
「制服は目立つからな」
 なるほど、獄寺はそこまで頭が回らなかった自分を省みた。悪知恵となると、てんで頭が回らない。

「ご……獄寺くん、似合う……かな……?」
 運転席の窓を開けて煙草を燻らせていた獄寺に、沢田は不安げに訊ねる。
 子供の扱い方はよく分からない、が。
「あぁ」
 そう返事をすると沢田は笑うのだ。少しはにかみながら、嬉しそうに。この表情の方が彼には似合う。この笑顔が続くのならそれでいいと、獄寺はそう思い始めていた。それが何故なのかは、言葉ではうまく表せない。獄寺自身も不思議だった。

「ツナはどっか行きてーとこねーの?」
 後部座席に乗り込みながら山本はツナに訊ねる。
「うーん……俺、あんまり遊びに行ったこととかないから」
 同じく後部座席に乗り込みながら沢田は答えた。
「……オイちょっと待て、俺はまた運転か?」
 獄寺は当たり前のように後部座席に乗り込む二人に訊ねた。
「当たり前だろー」
「当たり前じゃねぇ、お前運転代わりやがれ」
 二人が仲良くしている姿を見ると、何故か横から獲物をかっ拐われたような気分になるのだ。
「全く、しょーがねーなー」
 山本は渋々獄寺と席を代わる。獄寺は沢田の隣に座ったはいいが、何となく落ち着かない。元は誘拐犯と人質であったはずなのに、今こうして肩を並べて座っているなんて。
「沢田」
 何となく名前を呼んでみた。行儀よく座っていた沢田がきょとんとして獄寺を振り返る。
「何?」
 その仕草は、ついニ時間前の彼と同一人物のものとは思えないほど自然だった。こちらが彼の本来の表情なのかもしれない。
 男にしては大きな瞳にじっと見つめられて、話の続きなんて用意していなかった獄寺は焦る。
「……腹、減ってねぇか」
 辛うじて出た言葉はそれだけだった。





 すっかり少年らしい表情を取り戻した沢田は意外とよく喋る。沢田がこうも早く打ち解けられた原因は、山本にもあるのかもしれない。山本はどこか、少年がそのまま成長してしまったような幼さと危うさを持っていた。現に山本と沢田の会話を聞いていると、獄寺には彼らの間に十も歳の差があるとは思えなかった。

 山本は上機嫌で車を運転している。どこへ向かっているのかは山本しか知らない。途中でコンビニに立ち寄り、何を買うのかと思ったら売れ残りの花火だった。
「どうすんだよそんなモン」
 獄寺が訊ねると、山本はお楽しみ、と言って笑った。

 車は国道を滑らかに走る。

「獄寺くんは山本と仲いいんだね」
 車中、沢田が獄寺にそう話しかけた。
「馬鹿言え、仲良くなんかねーよ」
 返事がつい素っ気なくなってしまった。沢田はそうかなぁと首を傾げる。
「……俺は友達とか居ないからよく分かんないけど……でも、羨ましいな」
 呟いて沢田は控えめに笑う。
 獄寺は気になった。彼の抱えるヤクザという背景が、彼の孤独と悲しみが、そして何より彼自身が。
「学校は行ってんだろ、楽しくねーのか」
 訊ねると、沢田は困惑の表情を浮かべた。
「うーん、別に……行かなきゃいけないから行ってるだけだし、楽しいことはないかな」
「友達は」
「作れない」
「何でだよ」
「……俺がヤクザの息子って知ったら、皆いなくなっちゃうよ、きっと」
 沢田は怖いのだ。自分の周りから人が離れていってしまうことが。だから自分から殻に閉じ籠って、すべてを拒絶する。

「獄寺くん、ごめんね」
 唐突な謝罪に、獄寺は意味が分からずに何も言えなかった。
「……何だよ」
 辛うじて言葉を絞り出したけれど、沢田は少し悲しそうに笑って、何でもないというように首を振るだけ。
 ごめんね。獄寺はその真意を測りかねた。身代金目的に誘拐したはずなのに我儘を言って、結局自分に付き合わせるはめになって――恐らくはそういうことだろう。確かに初めはそう思った。けれど、今は違う。

「……別に、関係ねーよ」
 獄寺は呟いた。
「そうだぜツナ、こいつはムッツリだからなー」
「誰がムッツリだ!」
 今まで黙っていた山本が明るい声で言って笑う。反射的に獄寺はそう返していた。そのやりとりに沢田はクスクス笑い出す。二人はそんな彼の様子に安堵した。

「……もうすぐ着くぜ」
 山本が呟く。
 フロントガラスの向こうには、既に闇が落ちていた。



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