その日の夜、山本の部屋を訪ねるも、山本の同居人――確か雲雀さんだ――に「いないよ」と冷たくあしらわれてしまった。日付を変えて訪ねても時間をずらして訪ねても山本は部屋にいなかった。それでも教室から校庭を見下ろすと、時々山本の姿を見つけることが出来る。そこで慌てて校庭へ行ってみると、何故か山本はもう居ないのだ。まるで避けられているかのよう。そういえばあの日以来、山本に会っていない。すれ違ったまま一週間が経った。

 補習を終えて寮に戻る。自分の部屋の近くまで来ても、廊下は珍しく静かだった。いつもなら俺の部屋からオーディオの爆音が漏れ聴こえているはずなのに、おかしいな。もう部屋に居るはずなんだけど。
 鍵のかかっていないドアを開けて中に入ると、ロンシャンは自分の二段ベッドでうつ伏せに寝転がっていた。自分の、とはつまり、俺たちはそれぞれ自分用の二段ベッドを宛がわれているのだ。しかし、その一階部分は勉強机になっているので、机件ベッドと言った方がいいかもしれない。
 ロンシャンはクッションに頬を埋めながらお帰り、と呟く。
 ……何か変だ。

「ロンシャン? どうしたの?」
「うーん、別に」

 言いながらロンシャンは寝返りを打ち、俺に背を向けてしまった。変だ。やっぱ変だ。テンションの高くないロンシャンは何か気持ち悪い。彼女にフラれたときでさえ喧しい(具体的には俺にすがり付いて小一時間ほど泣き喚く)あのロンシャンが。
 俺はロンシャンの二段ベッドの梯子を数段上がり、上段を覗き込んだ。

「どうしたの」
 髪がツンツン逆立った後頭部に問いかける。ツンツン頭は暫しの沈黙の後、俺に問うた。

「……沢田ちゃん……山本先輩と付き合ってるって、ホント?」
「は?」

 思わず声が出てしまった。え、今何て言った?付き合って?る?俺と山本が?

「何それ、誰から聞いたの」
「……噂んなってる」

 俺は愕然とした。噂になってる?知らなかった。噂ってのはこうも本人の知らないところでまことしやかに流れているものなのか。
 確かに俺はここ最近山本と仲良くしてたし、ここ一週間くらいはほぼ毎日山本の部屋に足を運んでいたけれど、毎回毎回門前払いを食らっていたのだ、山本本人には会っていない。その間に?いつの間にそんな噂が?

「そ……んなの嘘だよ、誰がそんなふざけた噂、」

 俺の言葉にうん、と鼻を鳴らしたロンシャンは、とんでもない噂の続きを突き付けた。

「それが……山本先輩本人も認めてた、って」


 ショックだった。頭の芯が熱い。ぼんやりする。怒りとショックで梯子を掴む指先が震えている。俺は黙って梯子を降りた。

「どこ行くの?」

 ドアノブに手をかけた俺に、身を起こしたロンシャンが問いかける。

「……山本に聞いてくる」

 説明してもらう、誤解も全部解いてもらう、山本に何を話したくてこの一週間毎日山本の姿を追っていたかなんてことはもうすっかりどうでもよくて、今はとにかく山本に会わなきゃと思った。付き合ってるって噂が誰かの誤解から発生したただの噂だったらいい。山本が認めてるっていうのもただの尾鰭だったらいい。そう、それを確かめにいくんだ。
 ただ確かめに行くだけなのに、どうして俺、こんなに足が震えてるんだろう?

「待ってよ俺も行く」
 大股で部屋を出る俺の後を慌ててロンシャンがついてくる。

 聞きたいことが話さなきゃいけないことが沢山ある。でもそのどれの一つも上手く言えないだろうと思った。それくらい俺の頭には血が登っていた。叫びたくて喉の奥がヒリヒリする。

 もし、噂の尾鰭が本当なら。
 何より、裏切られたようで悲しかった。



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