ある夏の日のことである。終業式が終わったその足で近所のコンビニへ向かった沢田綱吉は、店頭に貼り出されているアルバイト募集の紙とにらめっこしていた。
 今日が終業式ということは明日から夏休みが始まるわけであるが、綱吉は特に部活に参加しているわけでもなく、かといって何か夏休みに予定があるわけでもない。中学の頃はやれ宿題だのやれ自由研究などそこそこやることがあったが、高校生になってからはそれもない。ダラダラと一ヶ月と少しを過ごすよりはバイトでもして、有意義な夏休みを過ごしたいと思ったのである。社会勉強にもなるし……というのは建前で、本当は自分で自由に使えるお金が欲しかったのだ。
 何せ初めてのアルバイトだ、あまりキツい仕事は勘弁願いたいし、遠い場所まで通うのも面倒。というわけで、学校と自宅の中間にあるこのコンビニに目をつけたのだ。

 後日面接に行くと、意外にもすんなり合格した。店長が綱吉が時々客として来ていたことを記憶していたのである。アルバイト初めてなんですけど、と控えめに訊ねると、いいってことよ!という威勢のいい答えが返ってきた。店長は江戸っ子気質で細かいことは気にしないらしい。

 かくして綱吉は新人アルバイターとしてコンビニで働くこととなった。時間は主として土日の昼間。慣れてきたら平日の夕方も入って欲しいが、ゆっくりで構わない、ということだ。
 アルバイト初日の土曜日、早速仕事内容を教えてくれるというので、綱吉はコンビニへ向かった。事前に言われていた通り裏口から入ると店長がいて、ユニフォームを渡される。
「綱吉君の教育係は武だ、まぁ仲良くしてやってくれよ!」
 武って誰、と訊ねる前に、ユニフォームに着替えた背中をバンバンと勢いよく叩かれる。そのまま背中を押されるようにしてスタッフルームから店内に押し出されると、ちょうどレジに立っていた男と視線がかち合った。自分より大分歳上だろう、大人の男だ。
「う、」
 とりあえず挨拶をしようと思うが、心の準備をする間もなく出てきてしまったために口の中がカラカラだ。意を決して顔をあげると、目の前の男は予想以上に背が高くて首が痛くなった。
「あ、あの、今日からアルバイトに入る沢田綱吉です、よろしくお願いします!」
 ぺこりと頭を下げる。男は目を丸くして綱吉の顔を見つめたまま動かない。何かまずかったか、と綱吉が不安にかられた、その時だった。

 男は怪訝な顔をしたまま、手のひらで綱吉の胸をベタッと不躾に触った。

「な、な何すんですかっ!」
 綱吉は驚いて後退りする。男は今しがた綱吉の胸に触れた自分の手のひらを見つめながらしばし考える様子を見せてから、スタッフルームに向かって叫んだ。
「おい親父、話が違ぇじゃねーか!」
 え?話?
 綱吉が訳も分からず呆然としていると、スタッフルームから店長が出てきて豪快に笑う。
「俺ぁ何も女の子だなんて言ってねぇだろうが」
「あんな言い方されたら誰だって女だと思うだろ」
 豪快に笑う店長と苦笑する男。よく見ると面影が似ている。ネームプレートに視線を落とすと、二人とも「山本」。あれ、さっき親父って呼んでなかった?
 綱吉が一人でぐるぐる考えていると、店長が向き直って言った。
「綱吉君、こいつぁ俺の息子の武だ」
 ……息子!綱吉は瞬時に理解した。道理で仲がいい訳である。
「綱吉君か、さっきはごめんな? これから宜しくな」
 武は苦笑して綱吉に右手を差し出した。綱吉も同じように右手を差し出し、握手する。大人の男性の、角ばった大きな手が綱吉の未だ子供らしい手を包んだ。

 店長(山本剛というらしい、後に訊ねた)が奥に引っ込むのを見送ってから、綱吉は訊ねた。
「あの、」
「ん?」
「……さっきの、話が違うとか女の子とか、」
 何だか訊ね辛くて、言葉が尻すぼみになってしまった。武は一瞬目を丸くしたが、あぁあれなー、と言いながら苦笑する。
「親父が今朝言ったんだよ、今日は新人のかわいこちゃんが来るからしっかりやれよ、って」
 そう言われたら誰だって女だと勘違いするだろ?そう言われて綱吉も納得した。
 というか、どんな冗談だ。
「まぁ、あながち間違っちゃいねーけどな」
 言いながら武は爽やかに笑う。その時、綱吉は理解した。
 この親子、何か変だ。



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