山本はモテるくせに特定の彼女を作らない。いや、長続きしないのかもしれない。三日前はキャバ嬢みたいな派手な子と仲良く歩いていたと思ったら、今日はショートカットの小さな女の子と歩いている。俺は彼女らが山本の何なのかを知らない。友達かもしれないし彼女かもしれないし何でもないのかもしれない。
 山本の交友スタンスは「広く浅く」らしく、山本と一番深い付き合いがあるのは多分俺じゃないかと思う。誰にでも好かれて誰とでもすぐ仲良くなれるのに本人はどこか飄々としていて、時々何を考えているのか分からない。女の子の件に関してもそうだ。訊けないことのような気がして訊いたことはないけれど、そう言えば山本は俺に彼女を紹介してくれたことが一度もないし、話すらしてくれた記憶がない。時折キャンパスや街の中で女の子と歩く山本を見かけても、遠くから眺めるだけだった。邪魔しちゃ悪いと思って話しかけようともしなかった。
 「送り狼の山本」という異名を知ったのはそれから随分経ってから、山本と一緒にキャンパスの食堂に居たときだった。同じグループの奴が山本に、週末の合コンがどうのとテンション高く話しかけている。山本は俺の方をちらりと一瞥してから少し困ったように笑った。珍しい。
「で、あの後はどうだったんだよ送り狼の山本さん」
 俺は一瞬耳を疑った。送り狼ってつまり、そういうことだろう?そりゃ山本はモテるから、そんなことがあっても全然不思議じゃないんだけど……でも何となく、山本がいわゆるヤリ……。そんなやつだと知って俺は少しだけテンションが下がった。少なくとも良い印象はしない。
「ちょ……それは、いいじゃねーか」
 山本は俺の方を頻りに気にしながらそいつに抗議する。俺に聞かれたくないみたいだ。あれ、俺、どっか行った方がいいかな?そんな俺と山本を他所に、そいつはまだ話を続ける。
「金曜日にまた合コンあるからお前も来いよ、絶対来い」
 お前が来ないと女の子も来ないんだよ、と意気込むそいつに山本は苦笑して、また横目で俺を見た。視線が合う。そしてどういうわけか山本は変なことを言い出した。
「んー、ツナと一緒だったら行く」
「は?」
 思わず口に出てしまった。それはそいつも同じだったらしい、何で沢田なんだよと言うけれど山本は何故か譲らない。そこ意地を張るとこじゃないよと思ったけれど、いつもの調子で肩を組まれて「なぁいいだろ?」と笑顔を向けられるとつい頷いてしまう意思の弱い俺がいた。



 結果から言うと、合コンでの俺は残念な感じだった。端っこの席で話もまともに出来ず、間を埋める為にひたすらアルコールを摂取していた。山本が俺の隣にいて色々話しかけてくれていたけど、あーとかうんとか適当な返事をした覚えしかない。山本の前の席と俺の前にも女の子が座っていたけど、二人の興味は勿論山本一人に向けられていた。こうなることが分かっていたから合コンなんて来たくなかったんだ、山本のバカアホ。頭の中で山本を罵りながら、目の前に置かれたアルコールを飲み干した。

 お陰で合コンが終わる頃には俺はとっくにベロンベロンになっていて、足元も覚束ない状態だった。大丈夫か〜と俺を支える山本は全然酔ってないように見えた。酔ってテンションの高くなった女の子たちが二次会行こうよと山本を誘う。山本が俺の顔を覗き込んだ。
「ツナは無理だよな? 二次会」
 そんなの当たり前だ。一次会ですら来る気がなかったのに。その言い草だと山本は二次会に行くんだろう。タクシーでも拾ってさっさと帰りたい俺は頷いた。
 すると山本はそっかそっかと独り言を言いながら、何故か嬉しそうに笑った。俺が帰ってそんなに嬉しいかよ。と思ったけど、そんなんじゃなかったらしい。山本は意外なことを宣言した。
「俺、ツナと帰るわ」
 その場にいる全員が「えっ?」って顔をした。俺も例外じゃない。何で?あからさまにガッカリする女性陣にブーブー文句を言う男性陣。それでも山本はにこやかな笑顔をそちらに向けて言った。
「じゃ、また大学でな!」

 そうして俺は店の前に停まっていたタクシーに詰め込まれ、強制的に山本に家まで送り届けられることとなったのだった。



 タクシーに乗っている間も山本の携帯は鳴りっぱなしで、山本は怒ったような顔をして電源を切ってしまった。
「俺、一人で帰れるけど……」
 そう言ってみたけど山本は笑いもせず、いいからと少し強い口調で言った。何で怒ってんの?山本は時々不思議だ。
 俺のアパートまで着いて、タクシーから引っ張り出された。勝手知ったるといった様子で山本は俺の鞄から鍵を取り出して勝手にドアを開けて俺を部屋に引っ張り上げた。ベッドの上に落とされ、抵抗することもなく布団の上に沈む。山本は冷蔵庫からミネラルウォーターを持ってきて、俺に手渡した。
「……ありがと」
 受け取っても、山本は険しい顔をしてそこに突っ立っていた。
「……あの、タクシー代出すから、今から二次会に行っても、」
 突然山本の顔がぐぐっと近づいてきて、俺は言葉を切った。

「……ツナさ、覚えてる?」
「……何が?」
「送り狼の山本」

 ぎし、とベッドが鳴った。あれ、と思ったときには何故か山本が俺の上にいた。あれ?
「な……なに、え?」
 アルコールのせいもあって上手く働かない頭を必死にぐるぐるしたけれど、やっぱり分からなかった。山本は俺の身体を跨ぐ姿勢で俺の両肩を押さえつける。何かコレちょっとヤバくない?持っていたペットボトルがごろんと床に転がる。心臓が騒ぎ出す。危ない予感がする。俺を見下ろす山本は真剣な表情で、まさか、まさか?

 そして山本は、俺の肩口に顔を埋めて、

「いっ……!?」

 思いっきり、噛んだ。



「痛っ、痛いいたいっ山本っ!」
 ジタバタ暴れて山本は漸く口を離した。首と肩との境目あたりがジンジン痛む。多分歯形とか絶対ついてる。
「は……?」
 突然のことに頭がついていかない。山本はうっとりした顔をして囁いた。
「ツナ……可愛い」
 手際よく服を脱がされる。服を捲り上げ脇腹を撫で回した後、山本が少し下に身体をずらした。まさか。
「や、止め……――っっ!」
 激痛に息が詰まった。脇腹の柔らかい部分を噛み潰されて本気で痛い。このまま肉を食い千切られて殺されたりするんじゃないだろうか?背筋がぞっとして、変な汗が出てきた。
「……俺さ、こんなだから、続いたことってねーんだよな」
 脇腹にくっきりついた歯形を指先でなぞりながら、山本が静かに話し始めた。
「ダメなんだ、可愛いと食っちまいたくなんのな。でもツナだし、我慢しようとしたんだけど、やっぱ無理」
 繰り返し繰り返し、指先で優しくなぞられると段々くすぐったくなってきて、俺はそれを避けようと身を捩る。
「言っとくけど俺、送り狼とか言われてるけど、最後までしたことねーから」
 言いながらまた脇腹の同じ部分を思いっきり噛んだ。ぎゅっと肉が押し潰されて痛覚が悲鳴をあげる。酔った頭でもものすごく痛い。
「い……痛い……」
「うん、痛いな、ごめんな」
 分かってるなら止めて欲しい。今度はぬるっと生暖かい感触がして背筋がビクンとなった。噛みつかれた部分を今度は舐められている。何をするつもりなんだろう?怖い。怖い。じんわり涙が滲んできた。



後編




もどる





Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!